「正しい」とはどういうことか? どう考えて「正しさ」を決めればいいのか?
ロジカルシンキング、論理的思考、批判的思考など、世の中には「正しさに至る考え方」を意味するコンテンツが数多く存在します。しかし、その大半が以下の2つの問題を抱えています。
- 欧米の受け売りで日本人特有の問題にフォーカスを当てていない
- 「正しさ」というものを包括的に説明していない
本書では、現代社会における「合理性(誰もが認めるべき正しさ)」が満たすべき条件の全体像と、その条件を満たすうえでハードルとなる日本語・日本文化の特徴を説明します。
試し読み
以下、本書の冒頭部分の抜粋になります。Webサイトと電子書籍では体裁が異なるため、完全には一致しない点、ご了承ください。なお、ペーパーバック版の試し読みがしたい方は、本ページの最後にPDFがあります。
+++(以下、抜粋)+++
はじめに
日本で2019年末から2023年前半にかけて起こったコロナ禍では、COVID-19ワクチン(以下「ワクチン」と表記)の是非を巡って、以下のような言説がメディアやSNSで飛び交いました。
- ワクチンに肯定的
- 合理的に考えて、ワクチンを打つべきだ
- ワクチンに反対する人々は、科学的に根拠のない話を繰り返している
- 医学的な結論としては、ワクチンのメリットはデメリットを上回る
- ワクチンに否定的
- 客観的に考えてコロナは恐れるような病気ではないので、ワクチンは不要だ
- ワクチンを接種した人は周りに流されているだけで、論理的な理由を説明できる人はいない
- ワクチンの必要性について理性的に議論したくても、感情的にパニックになっているため話にならない
誤解しないでほしいのですが、本書はワクチンに関する本ではありません。ここで太字にした言葉に関する本です。
誰もが認めるべき正しさ
細かい違いはあれど、これらの言葉は「正しいのはこちらだ」という意味で使われていることに異論はないでしょう。ためしに、先ほどの例からこれらの強い言葉を取り除いてみましょう。
強い言葉がある | 強い言葉がない |
---|---|
合理的に考えて、ワクチンを打つべきだ | ワクチンを打つべきだ |
客観的に考えてコロナは恐れるような病気ではないので、ワクチンは不要だ | コロナは恐れるような病気ではないので、ワクチンは不要だ |
比べると、右側の表現はひとりよがりな印象になります。
ここから分かるのは、背景や価値観によらない、「誰もが認めるべき正しさ」がありそうだということです。先ほどの言葉はどれも、その正しさを意味しているわけですね。それが言説に力強さを与えているのです。
となると、おかしなことになります。言うまでもなく、ワクチンを肯定するか・否定するかは正反対の話です。正反対のことに関して、政治家・医者・学者といった権威ある人たちが、強い言葉で「正しいのはこちらだ」と主張しました。
つまり、こういうことです。
「誰もが認めるべき正しさ」があるはずなのに、それを意味する言葉を使って、正反対のことを主張する人たちがいる。
ルールの揃わないスポーツ
この状況の異常さは、スポーツにたとえると分かりやすいです。
いまから「サッカル」という新スポーツが行われるとしましょう。コートとボールがあって、両サイドにはゴールがあります。
Aチームがボールを脚でしか扱わないところ、Bチームがボールを手に持ってゴールに投げ込みました。両チームの言い分は以下のとおりです。
- Aチーム:サッカルでは、手を使うのは反則だ
- Bチーム:そんなルールは知らない。サッカルでは手も使える
どちらが正しいかは、サッカルのルールブックを見ないと分かりません。確実なのは、このままでは試合にならないことだけです。
もちろん、こんなことは現実には起こりません。スポーツをするなら、参加者は事前にそのルールを知っていますからね。
しかし、「正しさを決める」という行為においては、そのルールが参加者の間で揃っていないのです。双方が別々のルールで正しさを決めて、「得点を取ったのは自分たちだ」と主張しているのが現状です。
ここで、「スポーツと違って、正しさは人それぞれなんだから、そうなるのは仕方ない」と思ったかもしれません。
たしかに、究極的には正しさは人それぞれです。しかし、現代で「地球は平たい」と主張する人はまずいないし、あなたもそんな主張はしないでしょう。詳しくは本編で説明しますが、人それぞれの正しさがある領域と、絶対的な正しさがある(少なくとも、そういうものを認めたほうがよさそうな)領域があるのです。本書では両者の違いや、それぞれの意味を考えます。
つまり、本書のテーマは「正しさ」です。
「正しい」とはどういうことか? どう考えて「正しさ」を決めればよいのか?
この問いを、一緒に考えましょう。
合理性
本書では、「誰もが認めるべき正しさ」を決める枠組みを「合理性」と呼ぶことにします。先述の6つの言葉のうち、純粋な「正しさ」という意味で使われ、誰にとっても使いやすい言葉だと思うのでこれを選びました。
合理性:誰もが認めるべき正しさを決める枠組み
同じように、合理性に沿っているさまは「合理的」と呼ぶことにします。反対に、合理性に沿っていないときには「非合理的」と表現します。
ただ、本質的には「正しさ」を考えるので、特に「合理性・合理的」という言葉には囚われないでください。
また、脱落した5つの言葉のうち、「客観的・論理的・理性的」は本編で別の意味で使います。一旦、ここで頭をリセットしておいてください。
合理性の全体像
早速ですが、合理性の全体像を見てください。まだ中身を理解する必要はありません。また、拡大画像へのリンクは後ほど紹介します。
この表に合理性の条件をまとめました。これらの条件を満たしているほど、合理的である(=正しい)可能性が高くなります。
先述のとおり、現代社会では正しさを決めるルールが揃っていません。それを揃えるために作ったのがこの表です。正しさのルールブックだと考えてください。
従来のコンテンツの問題と、本シリーズの特徴
正しさの枠組みを意味する言葉が(少なくとも)6つあったように、正しさの枠組みに沿った考え方、つまり、「正しさに至る考え方」にも、さまざまな名前がついています。以下に、代表的なものとそれぞれの特徴(私見)をまとめました。内容を理解する必要はないので、ざっと目を通してください。
- 論理的思考
- 先ほどの表における「論理性(形式論理学)」に焦点を当てる
- 哲学者や論理学者がこの名称を使うことが多く、後述の「ロジカルシンキング」とは別物
- ロジカルシンキング
- 先ほどの表における「網羅性」、「説明の分かりやすさ」に焦点を当てる
- ロジックツリー、MECEなどの概念が登場
- 批判的思考・クリティカルシンキング
- 海外の学校で「正しさの考え方」を教える科目として、この名称が使われることが多い(日本では教えられていない)
- 非形式論理学(一般の議論における論理・正しさ)を主に扱うが、中身のバラツキが大きい
- 形式論理学まで含まれることも多い
- カタカナの「クリティカルシンキング」は、日本では「ロジカルシンキング」と同義であるケースもある
- 科学的思考
- 先ほどの表における「客観性」に焦点を当てる
- 科学とは何かを考える「科学哲学」というジャンルもある
- 合理的思考
- 言葉としては存在するが、教材としてはあまり見かけない
有名どころはこれくらいでしょう。
これらのコンテンツは、共通して以下の問題を抱えています。
- 欧米の受け売りで、日本人特有の問題にフォーカスしていない
- 正しさを包括的に説明していない
- 専門用語が分かりにくい
本シリーズでは、これらの問題を解決することを目指しました。
順に説明します。
従来のコンテンツの問題点①:日本人特有の問題にフォーカスしていない
まず、従来のコンテンツは欧米の受け売りで、日本人特有の問題にフォーカスしていません。そのせいで、日本人が合理的になるためのコンテンツとしては不十分なところがあります。これが最大の問題でしょう。
いきなり強烈なことを言いますが、日本人の「正しい」は世界と大きくズレています。その証拠に、以下のグラフを見てください。
これは2023年5月末時点における、「COVID-19ワクチンの人口あたりブースター接種回数」を、GDP上位10カ国で比較したものです(23年6月以降は日本のデータがないため割愛)。
本書はワクチン接種に関する本ではないので、このグラフから何を読み取るかはお任せします。ここで確認してほしいのは、日本だけが突き抜けているということだけです。グラフが見やすいようにGDP上位10カ国に限定しましたが、国を増やしたところで日本のような国は見つかりません。
誤解しないでほしいのですが、私はここで「欧米が正しいから、日本は間違っている」と言うつもりはありません。それは「権威主義」という、合理性の対極にあるものです。
ただ、私たち日本人の「正しい」は、ほかの国と大きくズレているのは間違いなさそうですよね。
なぜ、こんなことになっているのでしょう?
欧米では問題にならないところに問題がある
実は、従来のコンテンツが欧米の受け売りであることは、当然と言えば当然です。合理性の源流は欧米にあるので、そうならざるを得ないのです。本書でも、デカルトやヒュームといった哲学のビッグネームが後ほど登場します。
問題は、欧米の受け売りに終始していることです。日本語・日本文化には欧米にはない特有の問題があり、まずはその問題をクリアしないと、欧米のコンテンツは役に立ちません。実際、役に立っていないから上のグラフのような結果になるのです。
率直に言って、日本人はエリートまで含めて、「論理」、「根拠」、「統計」、「エビデンス」といったこと以前のところに問題を抱えているというのが私の意見です。現在は、基礎をすっ飛ばして応用をやっている状況です。
本シリーズでは、この問題に正面から向き合います。合理的に考えるうえでの日本語・日本文化特有の問題を指摘し、その対策を述べます。
従来のコンテンツの問題点②:正しさを包括的に説明していない
次に、従来のコンテンツが正しさを包括的に説明していることはまずありません。これも重大な問題です。
これのもっとも分かりやすい例が「論理的思考」です。哲学者や論理学者にとって、この思考法は「閉じた系の中で(与えられた前提が正しいとしたうえで)推論の妥当性が成立している」ことを意味し、「内容/結論が正しい」とは無関係だとされます。現実では、与えられた前提が常に正しいとはかぎりませんからね。
しかし、現実で私たちが「論理的・論理的思考」という言葉を使うとき、このような厳密な意味で使われることはありません。
たとえば、「彼は論理的に考えられない」とは、「彼の考えは正しくない/彼は頭が悪い」と同じ意味でしょう。「彼が前提としていることの正しさに問題はないが、それを組み上げて結論を導く過程に問題がある」という意味で使われているケースを、私は見たことがありません。そんな意味で使っても通じませんよね。
これに限らず、上記のコンテンツ(いわゆる「思考法」)を学ぶとき、私たちは「正しく考えられるようになること」を求めています。しかし、従来のコンテンツは正しさの要素を網羅しておらず、それに応えられていません。提供されているコンテンツと、学ぶ側のニーズにギャップがあるのです。そして、学ぶ側がそれに気づいていないことがほとんどです。
本シリーズでは、正しさ全体を包括する考え方を扱います。先ほどの表は、ラーメンで言うなら全部乗せですね。胃もたれするかもしれませんが、どうぞお付き合いください。
また、本書が扱う内容は、本当なら中学から大学までの10年間くらいをかけて学ぶべき(だと私は思う)ことです。それを書籍にまとめているので、どうしても練習問題などは不足気味になります。ご容赦ください。
従来のコンテンツの問題点③:専門用語が分かりにくい
最後に、専門用語が分かりにくいという問題が挙げられます。以下を見てください。
- 他で使われない漢字を使用している
- 例:誤謬(ごびゅう)、演繹(えんえき)
- 読めない・書けない上に、漢字が意味を理解する助けにもならない
- 同じ漢字を使いすぎている
- 「論」:論証、論理、議論、正論、推論
- 「証」:論証、実証、証拠
- 「拠」:根拠、論拠、証拠
もう、どうしようもないですよね。欧米の受け売りで終わらず、それが分かりにくくなっているのです。
この問題の責任は明治時代あたりの学者にあるはずで、現代に生きている人には何の責任もないでしょう。ただ、いまのところ、これらの用語を変えようとする動きは見られません。
愚痴っても仕方ないので、本シリーズでは、これらの用語を積極的に別の言葉(特にカタカナ言葉)に置き換えます。分かりにくいままにしておく理由はありませんよね。
一般に、既存の言葉があるときに造語を使うことは分かりにくさの原因にしかなりません。しかし、この領域に関しては既存の言葉に問題が多すぎます。新しい言葉を使うことをご了承ください。
本シリーズのゴール|合理的思考
ということで、本シリーズでは正しさを包括的に扱う考え方を説明します。呼び名はあったほうが便利なので、そのような考え方を「合理的思考」と呼ぶことにします。シンプルに「合理性」と揃えました。
合理的思考:正しさに至る考え方(合理性に沿った考え方)
これ以降、本書における「合理的思考」という言葉には、先述の「批判的思考」や「ロジカルシンキング」が内包されると考えてください。折に触れて、それぞれの細かい違いについても説明します。
本シリーズのゴールは、そのまま「合理的に考えられるようになる(=合理的思考を習得する)」ことです。
本シリーズのゴール:合理的に考えられるようになる
本書のゴール
シリーズ第1巻である本書では、全体を貫く基本のコンセプトから学びます(先ほどの表における「主張の条件」まで)。具体的には、以下の問いを考えます。
- 「意思決定」とは何をすることか?
- 「合理的である」とはどういう状態のことか?(イメージ)
- 合理的であるための根本的な条件は何か?
本書のゴール:「合理的な意思決定」の概要を理解する
+++(抜粋終わり)+++
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