※このエントリーは『思考のすすめ』のボツ原稿になります。もともとはLesson 4-9と4-10の間にあったものでした。
本稿は組織のリーダー(組織を変える権限がある人)向けであり、難易度も高いため本文からはカットしました。興味がある人のために、ここに掲載します。
また、たとえあなたが組織のリーダーではないとしても、内容が理解できると、どういう組織を選ぶ(または避ける)べきかの指針になると思うので、まずは頑張って理解することをオススメします。それこそ、あなたが所属する組織のリーダーと議論しても面白いでしょう。
以下、本文になります。
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次は視座を少し下げて、組織レベルの対策を考えましょう。
なお、対象とする組織は特に限定しません。雑多なアイデアを紹介するので、使えそうなものだけ採用してください。
では始めましょう。
組織とは
本レッスンにおける「組織」とは、以下の性格を持つ集団のことだとします。
- 共通の目的を有し
- 意思決定と行動を繰り返す
- 2人から数万人程度の集団
具体的には、以下のようなものですね。
- 企業、官公庁、NPOなど
- その中にある部署・チーム・グループ
- 部活・サークル
このような集団から、どうすれば序列教的な文化を取り除けるかを考えましょう。
組織の論点
まずは全体像を眺めてください。内容が民間企業向けのもの&細かいので、すべてを理解する必要はありません。ざっと眺めるだけで十分です。
とりあえず、ここでは以下の2点だけ押さえてください。
- 組織は、それを構成する人員が組織のゴールに貢献する意思決定・行動をするようにデザインされるべきである
- 組織のあり方にもっとも大きな影響があるのは組織構造と評価・報酬制度である
まず、1つめのポイントはいいでしょう。先ほどの定義にあるとおり、組織というのは共通の目的を有する集団です。その目的が達成されるためには、人員がそれに向かう意思決定・行動をする必要があり、組織はそのためにデザインされます。
問題は2つめのポイントです。スライドのとおり、組織をデザインするうえで考えるべき要素は数多くありますが、組織のあり方にもっとも大きな影響があるのは組織構造と評価・報酬制度です。
こうなる理由はシンプルで、ほとんどの人にとって大事なのは組織内での立場と報酬だからです。綺麗事ではどうにもなりません。
たとえば、どれだけ「上司と腹を割ってコミュニケーションしましょう」といった研修を受け、そのためのツールが整備されたところで、正直に話した人が粛清され、ゴマをする人間が昇進していたら、誰も腹を割ろうと思うはずがありません。
言い換えると、合理的な組織にしたいなら、合理的に振る舞う人が正しく評価され、然るべき立場と報酬を与えられる仕組みが必要だということです。それ以外の施策は、そのような仕組みの上でしか機能しません。
誤解しないでほしいのですが、ここに述べたことは私見です。世の中には「組織構造と評価・報酬制度を変えなくても、教育などの施策(一般に「ソフトアプローチ」と呼ばれる)で組織文化を変えられる」という意見もあるので注意してください。
ただ、これは解雇規制があるために生まれた理屈だと私は考えています。
解雇規制がある以上、日本の一企業は抜本的なレベルで組織構造と評価・報酬制度をいじれません。つまり、やれることがないのです1。
それでも、何もやらないわけにもいかないので、このような理屈が生まれたのではないかというのが私の意見です。
もちろん、教育などの施策にも一定の意味はあるのでしょうが、根本的に重要なのが組織構造と評価・報酬制度であることに議論の余地はないでしょう。この点を掘り下げていると終わらなくなるので、便宜上、本レッスンでは「組織でもっとも重要なのは組織構造と評価・報酬制度だ」ということを前提として扱います。ご注意ください。
事前準備
上記を前提とすると、組織を合理的なものにしようとする(序列教的な文化を排除する)前に、以下の事前準備が必要であることが分かります。
- 組織のゴールを明確にする
- 能力で序列をつける
順に説明します。
事前準備①:組織のゴールを明確にする
まず、合理性を重視する組織でありたいのかを明確にしましょう。これだと分かりにくいですが、指揮系統の強さと合理性の、どちらを重視するのかを考えるということです。以下の表を見てください。
指揮系統の強さを重視する | 合理性を重視する | |
---|---|---|
組織にとって重要なこと | 命令が即座に・確実に実行されること | 組織の風通しの良さ、人員の合理性 |
組織内の序列 | 厳格にする | 緩くする |
上司と部下の関係 | 常に絶対服従する | 決めたことには従うが、決めるまではフラットに議論する |
組織内の階級の数 | 増やす | 減らす |
このように、組織における指揮系統の強さと合理性は、トレードオフの関係にあります。
合理性を高めたいなら個々人の自由や主体性を担保する必要があり、それは組織内の序列を緩やかにすることを意味します。緩やかな序列は必然的に指揮系統の弱さに繋がるため、両方のいいとこ取りはできません。
合理性を重視しない組織の例:軍隊
合理性よりも指揮系統の強さ(=厳格な序列)を重視したほうがよい組織の代表例は、軍隊です。以下のように、軍隊には厳格な序列が必要な理由が存在します。
- 指揮系統が厳格でないと、組織のゴール(戦争に勝つ)が果たせない
- 軍隊における命令の中には、死ぬ確率がそれなりにあるものが含まれる(=上司に「死ね」と言われたら、それに従う部下が必要)
- 組織の性格上、全員の間で全員の序列が明確になっていることが望ましい
- 戦争中は組織内の誰でも死ぬ可能性があるので、いきなり序列が変わる可能性を常に考慮する必要がある
- 序列がフラットだと、意思決定権が誰にあるのか分からなくなる
おそらく、「自分では何も考えず、命令されたことに絶対服従する人」のことを「兵隊/ソルジャー」と呼ぶのは、このような軍隊の特殊性に由来するのでしょう。
部活動は何をゴールとする組織なのか
日本の問題は、国民全員に兵隊としてのトレーニングしかしておらず、あらゆる組織が軍隊化する傾向があることです。本当の兵隊さんが命令に絶対服従するのは素晴らしいことですが、普通の組織なら合理性を優先すべきケースも多々あるはずです。
これのもっとも分かりやすい例は部活動でしょう。
知ってのとおり、部活動は非常に軍隊的な組織であることが多いです。令和の時代になってすら、部員に暴力を振るう監督や、先輩による理不尽なイジメがニュースになりますよね。
しかし、部活動のゴールを考えてみると、以下のように、軍隊的な組織にする理由が見当たらないのです。
- ゴールが勝つことなら、合理性を重視したほうが勝てそう
- 監督と部員の間に最低限の序列は必要としても、先輩と後輩の間の序列は必然性がない
- 能力で序列をつけるべきで、年齢で序列をつけるべきではない
- スポーツや芸術活動なら軍隊と違って死ぬ可能性を考慮する必要はないので、序列をなくして組織の合理性を育んだほうが、勝てる可能性は高いと考えられる
- 監督と部員の間に最低限の序列は必要としても、先輩と後輩の間の序列は必然性がない
- ゴールが楽しむことなら、合理性が必要なわけではないが、序列が邪魔になることは明らか
ただ、そもそも部活動は強制的に入部させられるものなので、「部活動は組織である(人員が共通の目的を有する集団である)」という前提にやや無理があります。結局、部活動は序列教を教え込む社会装置なのかもしれません。
最近は部活動が教師の負担になっているというニュースも見かけます。そろそろ、社会として部活動の位置付けを考え直す時期なのではないでしょうか。
事前準備②:能力で序列をつける
次に、合理的な組織にしたいなら、組織内の序列が(所属年数やコネなどではなく)能力で決まっている必要があります。
これは先述の前提のことです。組織の序列が能力以外の要因で決まっていたら、上位の無能な者は権力を使って下位の者を支配します。そうしないと、自分の序列・権威が守れません。こうして、組織には序列教的な文化が蔓延します。
これは当事者にとっては死活問題なので、後述する細かい施策でどうにかできることではありません。真っ先に「組織内の序列の決まり方」そのものを変えないことには、どうにもならないのです。
対策の全体像
ここからは、細かい施策を紹介します。一気に話が小さくなりますがご了承ください。
スライドを確認してください。
本書では徹底的な組織論をやりたいわけではないので、ここではあらゆる組織で実行できそうな「ソフトインフラ」系の施策を紹介します。
- 言葉を変える
- 議論を変える
順に説明します。
言葉を変える:序列に繋がる言葉を使わない
まず、実行しやすいのは序列に繋がる言葉を使わない・禁止することです。日常的に使う言葉から序列が形成されるのは明らかなので、ルール・慣習としてそれを防ぎましょう。
具体的なアイデアとしては以下のものがあります。
- 敬称は「さん」だけにする(序列が分かる敬称を廃止する)
- ニックネームを導入する
- 敬語かタメ口のどちらかに統一する
順に説明します。
言葉を変える①:敬称は「さん」だけにする
まず、敬称は「さん」だけにして、序列が分かる敬称は使わないという施策があります。つまり、以下のような敬称は禁止・廃止します。
- XX社長・XX部長・XX課長
- XX先生・XX教授
- XX先輩
私の印象としては、これはすでに各所で実行されていることです。むしろ、いまだにこのような呼称が使われている組織を見かけたら、それは序列教のサインだと考えてよいでしょう。
個人的には、学校でもこれを導入すべきだと考えています。教師も先輩もすべて「さん」呼びにしてはどうでしょうか。これだけでも、序列教に相当なインパクトがあると思います。
役職をカタカナにする
もしこのような施策をとりにくいなら、役職名をカタカナにしてしまうというのも1つのアイデアです。「部長」や「課長」のような呼びやすい役職だからそれが敬称として使われるのであり、「シニア・エグゼクティブ・ヴァイスプレジデント」のような長いカタカナにしてしまえば、さすがに敬称としては使えません。
言葉を変える②:ニックネームを導入する
もっとフラットな組織にしたいなら、ニックネームを導入するというアイデアもあります。
日本の女子スポーツ(バスケやバレーなど)では「コートネーム」という、プレー中だけ用いるニックネームを採用しているチームがあります。
コートネームが採用されている理由は「呼びやすいように」、「作戦がバレないように」など、必ずしも序列教の排除とは関係ないようですが、2音節くらいの短い名前で呼び合うと親近感が深まるというのはあるでしょう。実際、英語圏では「Just call me Tom.(Tomって呼んでくれればいいよ)」のように、相手からシンプルな呼び名を指定されることはよくあります。
社会人の組織にはハードルの高い施策ですが、学生の組織なら検討の余地があるでしょう。
言葉を変える③:敬語かタメ口のどちらかに統一する
最後に、敬語かタメ口のどちらかに統一するのも、一考の余地があります。
知ってのとおり、日本語ではこの2種類の言葉によって序列を明確化します。ということは、どちらか一方しか使わないルールにすれば、言葉から序列が生じることはありません。
現実的に、社会人の組織であれば敬語に統一するしかないでしょうが、サッカーでは「ピッチ上では年齢に関係なくタメ口でコミュニケーションする」と言われています。よりフラットな組織にしたいなら、タメ口のほうがよいかもしれませんね。
議論を変える:議論に序列を持ち込まない
言葉を変えたら、次は議論(会議も含む)を変えましょう。
議論ほど、その組織の合理性のバロメーターとして適切なものはないでしょう。普通、組織では同ランクの者同士で議論することはありません。ということは、組織における議論を見れば、序列と合理性のどちらを重視しているのかは一目瞭然なのです。
具体的な施策としては、以下のアイデアがあります。
- 発言できる人しか参加させない
- 序列が下の人から話させる
順に説明します。
議論を変える①:発言する人だけで議論をする
まず、議論は発言する人だけで行うべきです。言い換えると、何も発言しない人を議論に呼ぶべきではありません。
自分が一言も話せないような会議に参加すれば、「自分は下っ端なんだ/話してはいけない人間なんだ」と思い知らされるだけですよね。こんなことを繰り返していては、序列教的な文化が醸成されるだけです。何も話さない関係者には後から決定事項だけを連絡すればいいので、議論は発言する人だけで行いましょう。そのほうが、発言しない人も空いた時間に別のことができます。
逆に考えて、議論に参加する以上は発言することが当然であり、発言しないことは怠惰であるという風潮を作ってもいいでしょう。このような風潮が生まれれば、発言しない人は自然と議論に来ない・呼ばれないようになります。
意思決定プロセスを明確にしておく
この施策を実施するには、組織の意思決定プロセスが明確であり、それがコンセンサス主義ではない必要があります。
まず、組織の意思決定プロセスについてはLesson 1-2を復習してください。それをどんなものにするかは組織のゴールから決まることですが、もしコンセンサス主義(全員が同意することで決断する)を採用している場合、議論の参加人数を減らすのは難しいでしょう。全員が議論に参加しないと、コンセンサスがとれないからです。
私の経験上は、序列教的な文化が強い組織では、建前はどうあれ、実質的な意思決定がコンセンサス主義になっていることが多いです。そのような組織ではトップに能力・決断力があるわけではないので、「みんなで決めたから、みんなの責任」ということになるわけですね。おそらく、「議論の参加者の数」と「組織の序列教の強さ」には正の相関関係があるはずです。
ということで、議論の人数を減らしたければ、その前にコンセンサス主義をやめて、以下の2つを終わらせましょう。
- 誰が、どのように決めて、どう責任を取るのかを明確にする
- 「決まったことには従う」という規律を組織で徹底する
結局、これは先述の「まずは組織構造と評価・報酬制度だ」という話の繰り返しですが、順番を間違えると施策は機能しません。注意してください。
議論を変える②:序列が下の人から話させる
次に、議論では序列が下の人から話させるべきでしょう。言い換えると、序列が上の人ほど最後に話すべきです。
どれだけフラットな組織であろうと、序列に差があるものの間の議論が完全にフラットになることなどありえません。評価する側と、評価される側であることは変わらないわけですからね。
ストレートに言うと、序列が上の人の発言に反することは、序列が下の人は言いにくいわけです。
ということは、議論の合理性を高めたいなら、序列が下の人が先に話すようにしたほうがよいということになります。先に何も言われていなければ、自分の考えを話すしかありません。
もちろん、究極的には立場を気にせずに議論できることが理想ですが、この施策にデメリットはありません。やるに越したことはないでしょう。
探せばほかにもある
ソフトインフラ、ハードインフラ系の対策はここで紹介したもの以外にも多くあるので、興味がある人は検索してみてください。本格的に取り組みたいなら、その道のプロに相談してもよいでしょう。
以上、組織レベルの対策を説明しました。
Footnotes
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厳密にはやれることはあって、それは「追い出し部屋・部署・子会社」のような、法律的にはセーフでも、倫理的にはアウトなことばかりです。 ↩