企業のゴール

このエントリーでは、企業のゴールは何かを説明します。企業とは、いったい何を目的に存在しているのでしょう?

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なぜ企業のゴールを理解する必要があるのか

本題に入る前に、なぜ企業のゴールを理解する必要があるのかを考えましょう。

ここを押さえておかないと、こんなことになりかねません。

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企業のゴールとは、ビジョンの実現である(ゴゴゴ)

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ビジョンがフュージョンして、イノベーションがエクスプロージョンするんだよね。分かるよ

これはいけません。たしかにビジョンの実現は企業のゴール(の1つ)であり、この後に出てきます。しかし、こういう一般論を理解しても、たいした意味はありません。企業のゴールを理解することには、もっと切実で具体的な、あなたにとってのメリットがあります。

答えを先に言うと、企業のゴールを理解してはじめて、企業に貢献できます。言い換えると、企業のゴールを理解しないと、企業に貢献できません

どういうことでしょうか?

個人のゴールは何か

まずは企業から離れて、私たち自身のことから考えてみましょう。

私たちの究極のゴールは、要するに「幸せになること」ですよね。これは誰にとっても変わりません。つまり、私たちは幸せになるために生きているわけです。

ということは、私たちがする意思決定、および、それに伴う行動は、どんな細かいことであれ、「自分の幸せにつながるか」という視点とつながっているべきですよね。そうでなければ、うっかり不幸につながるような意思決定・行動をしてしまうかもしれません。それは「間違った意思決定・行動」と呼ばれるべきものです(行動まで書くと冗長なので、以降は行動の部分は割愛)。

ただ、ここで問題が1つあります。「幸せ」という言葉は曖昧なのです。この言葉は「満たされている状態」以上の意味を持たないので、このままでは意思決定の役に立ちません。

つまり、「何が自分を幸せにするのか」を具体的にしておかないと、意思決定に使えないのです。たとえば、「年収がXXX万円以上ある」、「配偶者がいて、子供がX人以上」、「健康ならOK」といったことです。カッコの中に入れることは人によって違いますが、とにかく、「幸せになる」以上の具体化が必要です。

まとめると、自分にとっての幸せを具体化し、それに貢献するかを判断することで、正しい意思決定が可能になります。言い換えると、何が自分の幸せか分かっていない人は、正しい意思決定ができません。というより、「何が『正しい』かが定まらない」と言ったほうが正確でしょうか。

さて、幸福論を論じたいわけではないので、個人の話はここまでにします。

企業だとどうなるか

ここまで述べたことを、そっくり企業にあてはめてみます。

何が企業の幸せか分かっていない人は、その企業にとって正しい意思決定ができない

これは先ほどの構造を当てはめただけです。ただ、「幸せ」という言葉は企業にはそぐわないので、「ゴール」に変えましょう。こうなります。

何が企業のゴールか分かっていない人は、その企業にとって正しい意思決定ができない

冒頭の結論に近づいてきましたね。ここが最初のチェックポイントです。

Point

何が企業のゴールか分かっていない人は、その企業にとって正しい意思決定ができない。

先に進みましょう。ここから、個人と企業の違いが出てきます。個人は意思決定を一人で行うのに対し、企業では意思決定を複数人で行うのが普通です。一般的には、企業では「決める人」と「決めるための材料を集める人」が分かれています。

決める人、これは究極的には企業の経営者(代表取締役)ですが1、この人が企業のゴールを分かっていないことは考えにくいです。というより、企業には「企業のゴール = 経営者のゴール」という側面があります(詳しくは後述)。

しかし、決めるための材料を集める人はどうでしょうか?

もしこの人たちが企業のゴールを分かっていないと、まずいことになります。ある企業のゴールを分かっていないということは、何がその企業にとって「正しい」のか分かっていないことを意味するからです。結果として、決めるための材料を集める人が、正しい意思決定に貢献できない材料を集めてしまうわけですね。それは端的に言って、企業に貢献できていない状態です。

ということで、冒頭の結論に戻ってきました。

何が企業のゴールか分かっていない人は、その企業に貢献できません

Point

何が企業のゴールか分かっていない人は、その企業に貢献できない。

あなたもこれまでに、「ビジョン、ミッション、バリュー」といった言葉を連呼する経営者・役員に会ったことがあるかもしれません。これは別にカタカナかぶれをしているわけではなく、直訳するとこういう意味です。

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経営グマ

うちの会社のゴールを理解して、それに沿って働いてくれ(そうじゃないと、給料が無駄になってしまう)。

一般論ではなく、個別論が重要

ここまでの話におけるポイントは、企業のゴールは個別論で考える必要があるということです。あなたが理解しなければならないのは、あなた自身の会社や、顧客企業といった、個別具体的な企業のゴールです。それが分かっていないとその企業に貢献できません。

逆に言うと、企業のゴールを一般論で理解することには、たいした意味はありません。学問的な意味はあるかもしれませんが、そこに留まっていては、あなたの役には立たないでしょう。企業の経営者も、扱う商品もこれだけ多岐にわたるのに、すべての企業が同じゴールに向かって活動しているとは考えられません。

これから、企業のゴールを説明します。残念ながら、私はあなたにとっての個別具体的な企業名は分からないので、内容は一般論になります。ただし、この一般論を理解するだけでは片手落ちです。それをヒントにして、あなたの目の前の企業のゴールを理解してください。ここがポイントです。

企業のゴール

準備ができたので、本題に入りましょう。企業のゴールは何なのでしょう?

早速ですが、以下のスライドに企業のゴールをまとめました。

企業のゴール

このように、企業の一般的なゴールは大別すると以下の3つです。

  1. 利益の創出
  2. ビジョンの実現
  3. 経営者のゴール

順に説明します。

企業のゴール①:利益の創出

企業のゴール

企業の1つめのゴールは、利益の創出です。

これに関しては少し長い話になるため、順に説明します。

最初に大事なことを言うと、企業のゴールとして「利益の創出」としているのは、それが企業が存続するための条件だからです。本当のゴールは、企業が存続することです。

ゴーイング・コンサーン

すべての企業は、存続することを目的としています。これは理由があるような話ではなく、とりあえず、すべての企業がそうだと仮定して、世の中の制度が作られているのです。

この、「企業は存続を目的としている」という仮定のことを「ゴーイング・コンサーン」と呼びます。

Keyword

ゴーイング・コンサーン:「企業は存続することを目的としている」という仮定のこと

辞書の定義も載せておきますね。

ゴーイング‐コンサーン(going concern)

《継続企業の意》企業が永遠に継続していくという仮定。会計などこの仮定が成立していることを前提に論理が構築されている制度が多い。

小学館 コトバンク より2019年2月27日取得

ゴーイング・コンサーンに関しては、すべての企業にあてはまると考えて問題ないでしょう。よって、すべての企業は存続をゴールにしていると考えて、話を進めます。

企業が存続し続けるための条件

では、どうしたら企業は存続し続けられるのでしょう?

これは直接的に答えるのが難しい問いなので、反対のことを考えましょう。どうなったら、企業は存続できなくなる(=倒産する)のでしょう?

これ、意外と知られていないことなんですよね。せっかくなので練習問題にしておきました。知識チェックをしてみてください。

Question

企業が倒産する条件を述べよ。

以下に解答欄がありますので、答えを書いてみてください。

正解は、「キャッシュが払えなくなったとき」です。ただし、倒産には明確な定義がないため、これは私が分かりやすいと思う定義である点に注意してください。

これはRPGにたとえると分かりやすいかもしれません。残りHPが「会社の手元にあるキャッシュ」、受けるダメージが「支払い(キャッシュアウト)」、回復呪文が「払込(キャッシュイン)」だとして、HPがゼロになると死亡(=倒産)です。

ポイントは、たとえ回復呪文を唱えるMPが残っている(例:2ヶ月後に払い込まれる売掛金がある)としても、HPがゼロになったらゲームオーバーということです。倒産するかどうかはキャッシュで決まる話で、会計上の数字の話ではありません。

倒産と破産の違いを分かりやすく解説している記事があったので、こちらも紹介しておきます。

「倒産」と「破産」は異なる

「倒産」と「破産」は、厳密には異なる意味を持つ言葉です。倒産には法的な定義がありません。業績不振によって債務の返済ができず、事業を継続できない状態を指す言葉として一般的に使われています。一方の破産は清算を目的とした法的整理の手段の一つであるため、破産した企業は倒産していると言えますが、倒産した企業が必ずしも破産しているとは言えないのです。

破産と倒産の違いとは何か?|会計ソフトはフリーウェイ

どうなると「キャッシュが払えなくなる」のか

キャッシュが払えなくなると、企業は倒産する。では、どういう状態になると、企業はキャッシュが払えなくなるのでしょう?

ここは短期的な話を入れるとテクニカルになるので2、長期的な話だけにさせてください。長期的には、赤字が続き、その赤字を補填するだけの資金調達ができなければ、企業はキャッシュを払えなくなります。これは単に、「入ってくる水より、出ていく水が多いと、いつか水はなくなる」という話にすぎません3

そして、延々と赤字を垂れ流している企業は、いつか資金調達できなくなります。よって、長期的な視点でざっくり言うと、赤字を出し続けなければ、企業は存続できます

ただ、「企業のゴールは、赤字を出し続けないことだ」というのは、ゴーイング・コンサーンという視点では正しくても、どうもしっくりきませんよね。これを「企業のゴールは、利益を出すことだ」と言い換えても大きな問題はないし、実際、一般的にそう考えられています4

ということで、結論に戻ってきました。企業のゴールは、利益の創出です

Point

企業のゴール①:利益の創出

ただし、これはゴールというより制約条件だと考えるべきかもしれません。企業は、利益を出すこと(最低でも、赤字を出し続けないこと)に縛られているのです。

なお、このように企業のゴールとして「利益の創出」と言う場合、普通は「中長期的な利益の最大化」を意味します。極端な例ですが、たとえば短期的な利益に目が眩んで会社の貴重な資産を売り払うと、その場の利益は出ても会社が続かなくなりますよね。これではゴーイング・コンサーンに反してしまいます。あくまでも、「会社が存続するための条件として利益がある」ことを忘れないでください。

企業のゴール②:ビジョンの実現

企業のゴール

企業の2つめのゴールは、ビジョンの実現です。

企業の1つめのゴールは、利益を出すことでした。では、企業は利益を出すために何でもやるのかというと、実態として、そうはなっていませんよね。企業ごとにビジョンがあり、それに沿わない活動は、たとえ利益が出そうであってもやりません。

「ビジョン」という言葉は意味が曖昧ですが、「企業のビジョン」という文脈で使うときは、「利益の創出以外の、企業としての究極のゴール」と定義するとスッキリします。

Keyword

(企業の)ビジョン:利益の創出以外の、企業としての究極のゴール

つまり、「利益と並び立つゴール」として、ビジョンを定義してしまうわけです。実際、利益の創出では当たり前すぎて独自性が出せないので、企業のゴールとして前面に押し出されるのはビジョンのほうです。

Point

企業のゴール②:ビジョンの実現

ビジョン・ミッション・バリュー

ここで、「ビジョン・ミッション・バリュー」を整理しておきましょう。企業のゴールを語る上では、必ず出てくる言葉ですね。

私の理解では、各言葉の意味は以下のようなものです。

  • ビジョン:実現したい世界観
    • 争いのない平和な世界、みんなが笑顔で暮らせる社会、など(スーパーヒーローの例。以下同じ)
  • ミッション:ビジョンを実現するためのアクション/自分たちの使命(ただし、抽象的)
    • 正義を執行する、悪を退治する、力なき人々を守る、など
  • バリュー:ミッションを遂行する者(=従業員)が持っているべき価値観
    • 決して諦めない、最強であり続けるための徹底したプロ意識、仲間を大事にする、など

ただ、「ビジョン ミッション バリュー」で検索すると分かりますが、これらの言葉の定義は人によってバラバラです。ビジョンをミッションより時間軸が短いものと捉えて、ミッションの下位概念にしているケースも見つかりました。

このあたりは、企業内で認識が揃っているなら、好きなように使えばよいでしょう。私としては「ビジョン」が企業の最上位ゴールとして広く使われている印象なので、このエントリーでは「ビジョン」を使いました。「ビジョンの実現」を「ミッションの遂行」と置き換えても問題ないので、好きなほうを使ってください。

あなたの会社のビジョンは?

当然ですが、ビジョンは企業によって異なります。つまり、「企業のゴールはビジョンの実現だ」ということを覚えても意味はなく、自分が関わることになる個々の企業のビジョンを理解することが重要です。

さて、あなたは自分の会社のビジョンを言えますか?

Question

あなたの会社のビジョン(またはミッション)を述べよ。

分からない場合は、ホームページの「企業概要」に行ってみてください。おそらく、そこにビジョンが書いてあります。「経営理念」といった表現になっているかもしれません。

企業のゴール③:経営者のゴール

企業のゴール

建前論では、利益とビジョンという2つのゴールで十分です。しかし、実際の企業がこの2つのゴールを追求するかというと、そうならないことがあります。

企業において実際に意思決定をするのは、「企業」という抽象的な存在ではなく、一人の人間である経営者です。その意思決定に従って企業は活動していく以上、建前上のゴールに実質的な意味はありません。経営者が何をしたいと思っているかがすべてです5

つまり、経営者のゴールが、企業のゴールになってしまうわけですね。これが企業の3つめの(実質的には1つめの)ゴールです。

例として、「給料が会社の利益と連動しておらず、自社株も持っていない、あと1年で定年を迎える雇われ社長」を考えてみてください。これでは、この社長には会社の利益を増やそうとするインセンティブがありません。ということは、この社長は会社の中長期的な利益を最大化するような意思決定をしないでしょう。建前としての「利益の創出(中長期的な利益の最大化)」は、どこかに吹っ飛びました。

このように、企業のゴールを理解するためには、その企業の経営者のゴールを理解する必要があるわけです。

Point

企業のゴール③:経営者のゴール

経営者のゴールが、建前どおり中長期的な利益の最大化とビジョンの実現になっていれば、話が分かりやすいですね。厄介なのはそうでないケースで、この場合はそのゴールを具体化できないと、企業に貢献することは難しくなります。

どうすれば経営者のゴールを理解できるか

では、どうすれば経営者のゴールを理解できるのでしょう?

普通に「聞く」という行為をしたところで、関係性ができていない限りは建前的な回答しかもらえないでしょう。以下、経営者に関して着目した方がよいポイントを挙げておきます。ただし、私の経験則なので、他にも重要なものはあるでしょう。

  • 立場/インセンティブ
    • 報酬が利益とリンクしているか
    • 立場の安定度
  • 価値観/性格
    • リスク嗜好性
    • 倫理観(「どこまでグレーゾーンを攻めるか」ということに対する考え方)
      • 「法令に触れなければOK」という人から、完全なホワイトゾーンでしか勝負したくない人まで、さまざま
    • 従業員雇用に対する考え方
      • 従業員を「守るべき家族」と考えるか、「対等な契約者/柔軟に調整すべきコスト」と考えるか

結局のところ、企業のゴールを具体論で理解するとは、個々の経営者に関してこのあたりのベットリしたことを理解することなのかな、と私は思います。簡単なことではないですが、保有株式などは調べれば分かることもありますし、価値観はどうしてもにじみ出るので、近くにいる人には伝わります。やれることをやってくださいね。

コーポレート・ガバナンス

さて、ここまでの話は、実はおかしいことに気づいたでしょうか?

知ってのとおり、企業は株主のものです。実際は「企業は誰のものか?」ということ自体が1つの論点ですが、とりあえずそういうことにさせてください。

ということは、「企業のゴール = 株主のゴール」となるべきであって、「企業のゴール = 経営者のゴール」となるべきではありません。しかし、実態としては、日々の意思決定を行うのは経営者なので、企業のゴールはどうしても経営者のゴールに近づいてしまうのです。

もちろん、経営者は株主によって任命されるわけなので、任命時点では株主と経営者のゴールは一致していると考えられなくもありません。しかし、同じ人間が長期にわたって経営していれば、株主のゴールとの間にズレが生じることもあるでしょう。これは特に、経営者が大株主でない場合に深刻な問題になります。

このあたりの問題を扱うのが、「コーポレート・ガバナンス」という分野です。企業は誰のものであるのかを考え、持ち主のゴールに沿って企業が運営されるような仕組みを作っていくわけです。これ以上は掘り下げないので、詳しく知りたい人は自分で調べてみてください。

練習問題

最後に確認として、練習問題をやってみてください。

Question

①企業のゴールとして一般的に考えられるものを2つ述べよ。

②その2つのゴールと経営者のゴールは、どのような場合に一致しなくなると考えられるか。例を一つ挙げなさい。

①:利益を出すこと、ビジョン(利益創出以外で、集団として成し遂げたいこと)を実現すること、の2つ。

②:経営者に会社の利益を増やすインセンティブが与えられていない場合(固定給で保有株式もない、など)。

さらに学習を進めたい人は

ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。マーケティングの学習をさらに進めたい人は、以下のエントリーに進んでください。

また、マーケティング関連のエントリーは以下のページにまとめてあります。こちらも参考にしてください。

参考文献

Footnotes

  1. 細かい話ですが、法律上は「取締役」が企業の経営者(企業の業務執行に関わる意思決定をする者)です。つまり、厳密には代表取締役だけでなく、すべての取締役が経営者なのですが、分かりにくいのでここでは代表取締役のみとしています。また、「社長」というのは企業の経営者として慣例的に使われている呼称なので、「社長 = 経営者」と考えておけば問題ありません。

  2. 興味がある人は「黒字倒産」で検索してください。

  3. 元からあった水の量(保有キャッシュ)は、倒産までの期間には影響を与えますが、倒産の条件には無関係です。水が減り続ければ、元の水の量に関わらず水は無くなるからです。

  4. ただし、「黒字を出すこと」にこだわっていないように見える企業は、たしかに存在します。有名なのはAmazonですね。

  5. 読みやすいように意思決定権限がトップに集中しているケースを想定して書きましたが、必要に応じて、「経営者」を「経営陣」と読み換えてください。