このエントリーでは、PEST分析(マクロ環境分析)の問題点を学びましょう。
企業にとって、マクロ環境の未来を予測し、自社のビジネスをそこに適合させていくのが重要であることに議論の余地はありません。しかし、そのために俗に言う「PEST分析」をするのが正しいのかは、議論の余地が大いにあります。今回はそのあたりを考えてみましょう。
なお、「マクロ環境」という言葉や、それが企業に対して持つ意味合いなどはこのエントリーでは解説しません。時間がある人は以下のエントリーを先に読んでおいてください。
では始めましょう。
toc
前提
最初に前提を確認しておきます。以下の3点については、このエントリーでは所与である(正しい)とし、議論はしません。
- マクロ環境はビジネスの根本的な成否を決めてしまうため、その未来を予測することは企業にとって重要である
- マクロ環境とは「世の中」のことなので、そのすべてを理解したり、正しく未来を予測することは不可能である
- 企業がフォーカスを当てるのは市場なので、マクロ環境の未来を予測することばかりにリソースを割くわけにはいかない
このあたりのことは、冒頭で紹介した別エントリーで説明しています。
マクロ環境分析(PEST分析)とは
本題に入りましょう。一般に、調査・分析を通じてマクロ環境を理解・予測しようとする行為をマクロ環境分析と呼びます。
マクロ環境分析:調査・分析をして、マクロ環境を理解・予測しようとすること
マクロ環境分析には「PEST」というフレームワークを使うことが一般的です。
なお、マクロ環境分析に使えるフレームワークはPEST以外にもあるのですが(後述)、PESTがあまりに有名なせいで、マクロ環境分析とは事実上、PEST分析のことになっています。ということで、PEST分析を見ていきましょう。
PEST分析とは
まずは典型的なPEST分析のアウトプット例を見てください。
このように、「PEST」とは、マクロ環境を以下の4つのカテゴリーに分類するフレームワークです。
- Politics: 政治的要因
- 法規制、税制、外交など
- Economics: 経済的要因
- 景気動向、為替、株など
- Society: 社会的要因
- 人口動態、ライフスタイル、文化など
- Technology: 技術的要因
- 流行の/実用化されつつあるテクノロジー全般
それで、スライドの右上に書いておきましたが、このようなアウトプットは無価値です。理由は以下のとおりです。
- 単なる情報の羅列になっており、何の論点に答えているのか分からない(=分析結果としての示唆・結論を欠いている)
- 何を考えるための情報なのかが分からないため、示された情報は重要なポイントを漏らしていないかの判断ができない
- 示された情報はありきたりなことばかりで、わざわざ新しくアウトプットを作った意味がない
- 人によってはありきたりではないかもしれないが、そういう人にとっては逆に「とても一度に処理しきれる情報ではない」という問題がある
おそらく、このようなアウトプットは日本国内でこれまでに1万枚は生産されたでしょうし、現在も誰かが作っているはずです。しかし、ハッキリ言って労力の無駄ですので、同じものを作らないでくださいね。
PEST分析の問題点
ただ、私はこのようなアウトプットが生まれるのは分析者の責任ではないと考えています。PEST分析そのものが、無価値なアウトプットが生まれるメカニズムを構造的に抱えているのです。
PEST分析の構造的な問題は、大別すると以下の2つです。
- 「分析」という行為でマクロ環境を理解・予測し、意思決定しようとすること自体に無理がある
- 「PEST」というフレームワークにも問題がある
順に見ていきましょう。
マクロ環境分析の問題点
まず、根本的な問題として、「分析」という行為でマクロ環境の理解や予測をしようとすること自体に無理があります。PEST云々の前に、「マクロ環境分析」という行為そのものに問題があるということです。
理由はシンプルで、「マクロ環境」そのものを分析の対象としても、答えが出せるレベルの論点を立てられません。「マクロ環境(世の中)」という概念は大きすぎます。
どういうことでしょうか?
「分析」の目的
大前提として、あらゆる分析の目的は、分析の結果としてなんらかの問い(論点)に答えることです。何か知りたいことがあって分析するのであって、情報を集めること自体は分析の目的ではありません。
つまり、アウトプットが論点に答えていない分析は、その時点で0点が確定します。
論点に答えていない分析に価値はない
ではもう一度、先ほどのアウトプットを確認しましょう。
まさに、0点の分析の素晴らしい見本です(そうなるように作ったので、当然ですが)1。
これはただの情報の羅列ですよね。どんな問いに答えたくてこのような情報を集めたのかも、情報を集めた結果として何が言えるのかも、まったく分かりません。
なぜこうなるのか
このようなアウトプットを作ってしまう原因として真っ先に考えられるのは、そもそも論点を意識していなかったというものです。「PEST分析」という名前だけを知っていて、「この4つの箱を埋めればいいんだな」と思ってしまったパターンですね。
しかし、たとえ「いま、マクロ環境(世の中)では何が起きているか?/これから何が起きるか?」という論点を立てていたとしても、状況は変わりません。この論点は一文で答えられるようなものではないからです。論点が漠然とし過ぎていて、どんな主張(答え)をすればいいのか、サッパリ分かりません。
「いや、だからPESTで分解するんだろう」と思うかもしれませんが、残念ながらPESTで分解することも焼け石に水です。どんなリサーチをすれば、世の中のあらゆる政治やテクノロジーの概況をまとめることができるのでしょう? また、それは現実的な期間と予算で終わるのでしょうか?
結局、このアプローチだと、「すでに知っていたこと・闇雲に情報収集して分かったことを、PESTのどこかの箱に入れて羅列する。何も主張はしない」ということしかできません。実際、それをしたのが先ほどのアウトプットです。再掲しておくので確認してください。
なお、この4つの箱をさらに「チャンス(機会)」と「リスク(脅威)」に分ける考え方も存在しますが、それでも0点なのは変わりません。「何の事業のための」という視点がなければ、ある事象をチャンスとリスクに仕分けようがないからです2。
たとえば、「少子高齢化」は一般にリスクだと考えられますが、高齢者向けのビジネスをするならチャンスですよね。漫画にはこんなセリフがよく出てきます。
ピンチはチャンス!
まとめると、「いま、マクロ環境(世の中)では何が起きているか?/これから何が起きるか?」という論点は、具体性がまったくなく、論点が無いのと同じだということです。この論点で分析を始めた時点で、「論点に答えること」ではなく「情報を集め・整理すること」が目的化し、失敗が確定します。
「マクロ環境」そのものを分析の対象とすると、絶対に失敗する
しかし、こうなるのも当然ですよね。「マクロ環境分析」というネーミングをされれば、普通に考えて「マクロ環境を分析すること」がゴールであると解釈するしかありません。この結果として、先ほど挙げたような「論点として機能しない論点」を掲げるしかなくなり、ドツボにハマってしまうのです。
誤解しないでほしいのですが、私は「情報を集め・整理すること」が常に無意味だと言っているわけではありません。それを「分析」と称することが問題なのです。
一般に、「分析」とは定まった期限までに問いに答えるための手段を意味します。つまり、先ほどのような情報の羅列は「分析」ではありません。強いて適切な名前を挙げるなら、「レポート」でしょうか。
さらに言うと、その手のレポートは「XX総合研究所」といった団体が無料で公開しています。どうしても情報の羅列が必要な場合は、そのようなレポートで代用するという手があるので、覚えておいてくださいね。
企業がマクロ環境を考える目的
では一旦、ネーミングの問題は脇に置いて、マクロ環境分析の目的を考えてみましょう。企業は何のためにマクロ環境のことを考えるのでしょうか?
まず、ざっくり分けると、企業が考えていることは以下の2つしかありません。
- 投資判断:ある事業を、やるか/やらないか(続けるか/やめるか)
- 事業の改善:やっている事業を、どうやるか
言い換えると、企業の本当の関心はマクロ環境にはありません。
これは逆から考えたほうが分かりやすいでしょう。どれだけ世の中のことを正しく理解・予測できたところで、それだけでは企業には一銭も入りません3。企業は自社の事業を回すことでしか収益を得られないのですから、企業の関心は常にそこにあります。
このあたりの話を掘り下げると終わらなくなるため、このエントリーではここまでとします。ピンとこない人は以下のエントリーを参考にしてください。
話を戻しましょう。この2つのうち、マクロ環境が強く関与するのは①投資判断です4。前回のエントリーで説明したとおり、マクロ環境はビジネスの根本的な部分を決めてしまうので、マクロ環境の変化を投資判断に反映させる必要があるのです。
つまり、企業は正しい投資判断をするためのインプットとして、マクロ環境を考えるということです。これが企業がマクロ環境を考える目的・理由です。
具体的な論点の構造
では、具体的にどのような論点を立てればいいのでしょう?
投資判断なのですから、事業企画の評価か、自社の有する事業(以降、「X事業」とします)の健全性を評価する論点になります。例として、事業の健全性を評価する論点の構造を見てください。
- X事業を今後も継続して問題はないか?
- X事業の市場サイズは、これからどのように変化するか?
- 顧客の問題(ニーズ)が総量として大きく増加・減少するような傾向はあるか?
- 顧客の数はどう変化するか?(顧客セグメントの人口動態)
- 顧客1人あたりの問題(ニーズ)の大きさが変化する可能性はあるか?(文化/ライフスタイルの変化)
- 顧客が現在の商品価格を払えなくなるようなことはあるか?(顧客セグメントの経済状況)
- 顧客の問題(ニーズ)が総量として大きく増加・減少するような傾向はあるか?
- X事業において、当社は今後も競争優位性を維持できるか?
- 同じ問題(ニーズ)を解決できる、抜本的に利便性の高い別の商品が登場する可能性はあるか?(テクノロジーの脅威)
- そのような商品が登場するとしたら、それはいつか?
- そのような商品が登場した場合、当社に勝ち目はあるか?
- 同じ問題(ニーズ)を解決できる、抜本的に利便性の高い別の商品が登場する可能性はあるか?(テクノロジーの脅威)
- (以降のサブ論点は割愛)
- X事業の市場サイズは、これからどのように変化するか?
太字にした部分は、マクロ環境に属する要因です。先述のように、マクロ環境が投資判断のためのインプットになっていることを確認してください。
このように、自社の事業を起点にして論点を組み立てることのメリットは以下の2つです。
- 論点を考えられるレベルの小ささに落とし込める(=的を絞ったリサーチが可能になる)
- 聞く側(経営陣)の興味をそそる内容にできる
この2つはどちらも、とても大きなメリットです。
そして、上のような論点の構造で考えることを「マクロ環境分析」とは呼びませんよね。最上位の論点はあくまで投資判断であり、マクロ環境はそのサブ論点を構成しているだけです。
結局、あらゆる意味で「マクロ環境分析」という行為は筋が悪いのです。「マクロ環境」を論点にすれば自動的に失敗する上に、そもそも企業はそんなことに興味がありません。最低でも「マクロ環境分析」という言葉の使用は避けて、企業にとって意味のある形でマクロ環境を考えるアプローチを設計すべきだ、というのが私の意見です。
マクロ環境は投資判断をするためのインプットである
健全なアプローチ(案)
ということで、マクロ環境を考えるうえでの健全なアプローチを考えてみました。このプロセスが「正しい」と言い切るつもりはありませんが、少なくとも盲目的にPEST分析をするよりはマシなはずです。参考になれば嬉しいです。
- 対象とする事業を定め、その投資判断を論点にする(当然、トップ主導のプロジェクトにする)
- (できればトップが)論点を分解し、行いたい未来予測と、その基となる事実(情報)を定義する
- 部下が事実を集める
- 集まった事実を基に、トップが未来予測、および最終的な投資判断を行う
これは既存事業を想定していますが、新規事業の場合は、企画を発想するプロセスを最初に組み込めばよいかと思います5。
なお、やたらと「トップ(経営陣)」という言葉が出てくる理由は、投資判断はトップの仕事だからです。
投資判断は中長期的な未来予測に基づいて行うため、事実(すでに起きたこと/起きていること)だけでは意思決定ができません。事実を集めることは大事ですが、最後には主観的な未来予測によるジャンプが必要になります。
つまり、投資判断とは、トップによる未来予測(いわゆる「トップのビジョン」)に賭けるギャンブルなわけです。ギャンブルするわけですから、全部を部下にやらせて判断だけするのではなく、トップがゴリゴリに関与するのが筋でしょう。これをしないなら何がトップの仕事なのか、というくらい、投資判断はトップの仕事です。
一旦まとめると、とにかくマクロ環境をメインの論点にしてはダメだ、ということに尽きます。常に自社の事業から考えましょう。
PESTの問題点
ここからは、「PEST」というフレームワークの問題点を見ていきます。すでにマクロ環境分析そのものを否定した後なので蛇足に感じるかもしれませんが、これを考えることで「どのようにマクロ環境を考えるべきか」の示唆が得られます。もうしばらくお付き合いください。
まとめると、PESTの問題点は以下の2点です。
- 分類が網羅的(MECE)ではない
- 優先順位がついていない
①分類上の問題はまだ許容範囲だが、②優先順位の問題が致命的だ、というのが私の意見です。
順に説明します。
PESTの問題点①:分類が網羅的(MECE)ではない
PESTの第一の問題点は、分類が網羅的(MECE)ではないことです。
とりあえず、以下の表を見てください。
これはマクロ環境に属する「ビジネスに影響を与えうる要因」を分類し、それらを「企業がリソースを割いて情報収集する価値があるか」という視点で評価したものです。なお、以降はこのような要因を「マクロ環境要因」と表記します。
マクロ環境要因:マクロ環境に属する、ビジネスに影響を与えうる要因
とりあえず、PESTと表の左側を比較して、PESTには漏れがあることを確認してください。少なくとも「Nature(自然環境)」が漏れていますよね。
PESTの亜種
このような「PESTの漏れ」というのは欧米では広く認識されているようで、様々なPESTの亜種が考案されています。具体的には、以下のようなものです。
- PESTEL/PESTLE
- SLEPT
- STEPE
- STEEPLE
どれも自然環境の要素を加えたり、Politicsの部分をさらに細かく分解しています。ただし、先ほどの表にはこれらのフレームワークの要素も反映したので、詳細は説明しません。興味のある方は、文末の参考文献を見てください。
S(Society)の使い方がおかしい
細かい話ですが、S(Society)の意味が一般的な意味とかけ離れていることも、PESTという分類の問題点です。
普通に「社会(Society)」という言葉を使う場合、これは「人間が関わる事象全般」という意味で、「自然」の対立概念として使います。言い換えると、社会の一部として政治・経済やテクノロジーがあるわけで、PESTとして並列に並べられると、Sが何を意味しているのか分からなくなるのです。
PESTにおけるSは人口動態やライフスタイルを見るものとされていますが、だったら最初からそういう言葉を使えばいいですよね。先ほどの表ではその点を改善してあります。
分類の問題は許容範囲かも
このように、PESTには分類上の問題が存在しますが、先述のとおり「そこまで目くじらを立てなくてもいいかな」というのが私の意見です。
繰り返しになりますが、「マクロ環境(世の中)」という概念は大きすぎるため、そもそも網羅的に分解することは不可能です。その主要な要素をあぶり出しただけでも、PESTの功績は評価されるべきでしょう。
問題は、「PEST」というフレームワークにしてしまったことで、あたかもこの4つが平等な重要性を持つように見えてしまったことです。ということで、2つめの問題点を見ていきましょう。
PESTの問題点②:優先順位がついていない
PESTの第二の、そして決定的な問題点は、優先順位がついていないことです。今度は表の右側を見てください。
このように、いくつかの視点でマクロ環境要因を評価すると、その重要性はまったくバラバラであることが分かります。このような視点を提供しないこと、もっと直接的には「テクノロジーが軽く見えること」が、PESTの大きな問題点です。
注意点ですが、優先順位やコメントは私見です。特に、私は政治・環境まわりの話はビジネスと関連させて扱った経験がないため、そのあたりはほとんどコメントできませんでした(一応、環境学部出身なのですが、、、)。今回、あらためてロビー活動(政治献金など)の有効性を考えてみたのですが、経験がないと陰謀論になってしまってどうしようもないですね。何か分かったら追記します。
ここで言いたいのは「この優先順位が正しい」ということではなく、「マクロ環境要因には優先順位が存在する」というところまでです。優先順位はあなたがつけてください。
話を戻すと、この表では、以下の2つの視点でマクロ環境要因の優先順位を評価しています。
- 日常的な思考・行動の対象か?
- 他社との差別化に繋がるか?
1つめの条件はフィルターで、その後に2つめの条件で優先順位を考えています。
順に説明します。
優先順位の考え方①:日常的な思考・行動の対象か?
まず、先ほどの表には「マクロ環境要因」と呼ぶにはあまりにもビジネスに密着している要因がいくつかあるので、それを取り除きましょう。日常的な思考・行動の対象になっているマクロ環境要因は、事実上はマクロ環境要因ではありません。
どういうことでしょうか? まずは「マクロ環境」の定義を確認しましょう。
このように、マクロ環境とは「市場の外」のことです。この定義に従って、そこに属していながらビジネスに影響を与える要因をピックアップしたのが先ほどの表になります。再掲しておくので確認してください。
しかし、この表の中には、企業にとって日常的な思考・行動の対象になる要因があります。
もっとも分かりやすいのはTax(税制)です。税金のことを日常的に考えていない企業は存在しません。
まず、税金は日常的なオペレーションに嫌でも食い込んできます。売上が立つたびに消費税がセットでついてきますし、給料を払えば所得税に住民税、決算時には法人税です。
しかも、税金とは要するにコストですから、この金額が企業の利益を決定します。逆に言えば、節税できるほど、企業の利益は増えるのです(脱税はダメ)。
このような背景によって、多くの(ほとんどの?)企業は税理士と顧問契約しています。脱法的なグローバル節税を駆使する巨大企業に至っては、税理士チームが最大のプロフィットセクターだと言っても過言ではないでしょう。また、税金の変更は社会にとっての一大ニュースなので、十分な猶予期間をもって広く周知されます。
要するに、税金は(定義上は)マクロ環境に属しているとしても、マクロ環境要因として扱うようなものではないのです。企業はずっと税金のことを思考・行動の対象にしているわけですから、企業からするとむしろ市場の一部と言えます。
このように考えると、企業にとって実用的なマクロ環境要因の区分は「マクロ環境に属しているか」ではなく、「日常的な思考・行動の対象になっていないが、ビジネスに影響を与えるか」であることが分かります。日常的な思考・行動の対象になっている要因は、市場の一部として扱えばよいのです。
この観点を採用すると、以下の3つの要因はマクロ環境要因から排除して構わない、というのが私の考えです。ビジネスに与える影響が大きすぎて、すでに日常的な思考・行動の対象になっているからです。
- Tax(税制)
- 説明済み
- Exchange(為替)
- 輸出入に関係している企業なら日常的な思考・行動の対象になる
- そうでない企業には関係がない上に、未来予測も不可能
- Climate(天候)
- 農業・漁業などではオペレーションレベルで組み込まれている
なお、企業のサイズが大きくなるほど、先ほどの表の中で日常的な思考・行動の対象になる要因が増えます。たとえば、ロビイストを雇っているならPoliticsが含まれてきますし、「XX研究所」のようなものを設立して、全方位的にカバーすることもありえます。そのあたりは各自で調整してください。
とにかく、日常的な思考・行動の対象になっていたり、そのためのプロを雇っている要因は、それを「マクロ環境要因」と呼ぶかに関わらず、この段階で何かを考える必要はありません。すでに必要な行動はプロセスとして組み込まれているはずです。
怖いのは、意識の外側から刺されることです。日常的な思考・行動の外からいきなりビジネスを破壊されるから、マクロ環境要因は怖いのです。
分かりやすく言うと、ある日いきなり後ろから刺してくるような要因を「マクロ環境要因」と呼ぶべきだ、という話です。
優先順位の考え方②:他社との差別化につながるか?
次は、残った要因に関して、「その要因にリソースを注ぐことで、他社との差別化につながるか?」という視点で評価してみました。結局のところ、そのマクロ環境要因を考えることで行動が変化して、他社より優位に立てないなら、リソースを注ぐ意味はないですからね。
表には含めていませんが、以下のような視点で総合的に評価しています。
- ビジネスにどのような影響を及ぼすか?
- 市場サイズ・コスト構造・ビジネスモデル・それ以外のうち、どれが変化するのか?
- 中長期的な未来予測が可能か?
- 予測が完全に不可能でも、あまりに精度が高くても他社との差別化につながらない
- たとえば、人口動態は国立社会保障・人口問題研究所のデータ以上のものは用意できなさそう(→全社横並び)
- リソースを注ぐことで、他社が入手できない情報を入手できるか?
- 例:政府関係者から公表より早く情報を入手することは可能なのか?
表を再掲しておきます。先述のとおり、答えきれない部分も多々ありました。
結論だけ述べると、ほとんどの企業が「マクロ環境要因」として最大のリソースを注ぎ込むべきなのはTechnology(テクノロジー)だ、というのが私の意見です。テクノロジーには、ほかのマクロ環境要因にはない特徴がいくつもあります。
- テクノロジーだけが、ビジネスモデルを抜本的に変えることがある(既存のニーズを別のビジネスモデルで刈り取ることが可能になる)
- ほかの要因はほぼすべて、市場サイズかコスト構造に対する影響
- 「規制」も新しいビジネスモデルを可能にすることがあるが、これはギャンブルや薬物のような領域に限られる
- テクノロジーは自分たちで理解して、評価しないと意味がない
- 各テクノロジーの自社にとっての意味は、自社のビジネスモデルとの関係で決まる
- これに対し、EconomyやPoliticsの要因は全企業に一律のインパクトであることが多いので、プロの提案する解決策で問題ないことも多い
- 自社のビジネスモデルを完全に理解しているのは自分たちだけだから、自分たちでテクノロジーも理解するしかない(テクノロジー側の話は、専門家の助けを借りるとしても)
- 各テクノロジーの自社にとっての意味は、自社のビジネスモデルとの関係で決まる
- 新しいテクノロジーは世界の各地で偶発的に生まれているので、リソースを投じて他社よりも先に最新テクノロジーの検討・導入を始められれば、それだけ差別化の可能性が高まる
こんな話をしなくても、過去20年で大きく成長した企業はすべてテクノロジー企業であることを考えれば、ここは議論の余地がないところだと思います。
話をPESTに戻すと、「PEST」としたことで重要性が四等分されているように感じられる上に6、よりによってTが最後です。企業にとっての重要性で考えるなら「T3(Technology, Technology, and Technology)」くらいのほうがよほど正しいと私は思います。
ただ、ここに関しては「甘いな。今こそベットリとPolitics」といった考えもあると思いますし、あなたも自分で考えてみてください。とにかく、四等分ではないはずです。
話を冒頭からの議論に戻すと、優先順位が高いマクロ環境要因に関しては「分析」をするのではなく、日常的な思考・行動の対象にすべきでしょう。意識の外側から刺されないためには、常に意識の内側に入れ、行動を変え続けるしかありません。
変化の激しい時代ですからね。マクロ環境がビッグウェーブのようにうねりを上げる現代です。
以上、マクロ環境分析(PEST分析)の問題点を説明しました。次のエントリーでは、各マクロ環境要因に対して行える日常的な情報収集について考えてみます(後日投稿予定)。
また、マーケティング関連のエントリーは以下のページにまとめてあります。こちらも参考にしてください。
参考文献
Footnotes
-
ちなみに、実際のPEST分析ではこのスライドの後に個々の情報を具体的に説明したスライドが続く場合もありますが、それでも0点であることは変わりません。まとめのスライドが情報の羅列になっているなら、その時点で下位レベルの情報にも価値は無いからです。 ↩
-
ちなみに、もし分析対象とする事業が決まっているなら、後述するような論点の構造(市場サイズや競争優位性)で考えるべきであり、わざわざPESTを使う理由がありません。 ↩
-
未来予測自体を商品にする企業は例外です。 ↩
-
これは比較論であり、②事業の改善においてマクロ環境を考えなくていい、という話ではありません。流行りのプロモーション手法などは、積極的に利用を検討すべきでしょう。 ↩
-
「企画を発想するためにはアイデアの種(多様な情報)が必要で、そのためにPEST分析をする」という考え方もあるようです。しかし、この位置づけでは、①分析の終わりが定義できない/集めるべき情報も分からない、②それが優れた企画の発想につながるという根拠もない(無駄ではないと思いますが)、という2点の理由により、私は否定的です。 ↩
-
実際、流通しているPEST分析のテンプレートは、例外なく記述スペースが四等分です。 ↩