このエントリーでは、説得の第1プロセスである、ブランドを形成する方法を解説します。受け手から信頼・好意を獲得するにはどうすればいいかということですね。
あなたが受け手に対して最低限のブランドを有していることは、説得を成功させるための前提条件です。もちろん、ブランドは強いに越したことはありません。このエントリーでは、ブランドはどんな要素で構成され、それらを高めるためには何をすればいいかを考えます。
では始めましょう。
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ブランドの形成方法
ブランドを形成するためには、具体的に何をすればよいのでしょう?
まずはブランドの構成要素を確認してください。
このように、ブランドは「説得者そのもの」と「行動履歴」から構成されます。ということは、ブランドを形成する方法は、大きく分けて以下の2つしかありません。
- 自分を高める
- (特定のターゲットに対し)行動履歴を積み上げる
以下の表に、ブランドを形成するためのアクションをまとめました。
漏れもあるかもしれませんが、主要なものはカバーしたつもりです1。カバーする範囲が広いため、一部内容が怪しい/曖昧なものがありますがご容赦ください。
これらのアクションを通じて強いブランドを形成できているほど、説得の成功率は上がります。
ブランドの扱い
さて、申し訳ないのですが、この表の説明は割愛します。さすがに、これらの内容は「プレゼン」という当カテゴリーのメインテーマから遠すぎます。これはもう「ブランディング」ですよね。
また、こちらは説明を割愛する理由ではありませんが、私は「説得を成功させる」という文脈で上記のアクションを掘り下げることは間違っていると考えています。
というのも、ブランド形成とは「より良い人間になること」に他ならないからです。私たちはそういう人を信頼するわけですからね。
となると、「説得を成功させるために、より良い自分になる」というのは、何だか寂しい話になってしまいますよね。私たちが自分を高めたり、誰かに貢献したりするのは、説得を成功させたいからではないでしょう。もちろん、そういう目的が含まれてもいいでしょうし、当エントリーではそのような文脈で説明していますが、普通はもう少し高尚な理由があるものです。
実際、「説得を成功させるためにブランドを形成する」という態度があまりに露骨になると、かえってブランドを形成できなくなります。たとえば、「いざというときに説得したい(例:商品を買わせたい)」という目的が見え見えの人を、私たちは信用できませんよね。人間って難しいです。
以上の理由で、当エントリーではブランドを形成するためのアクションを詳しく説明しません。ブランドに関しては以下のポイントのみを解説するに留めます。
- ブランド育成論
- ブランドと正しさの関係
- 本番の説得における自己紹介
順に説明します。
ブランド論①:ブランド育成論
まず、ブランドは一朝一夕には形成できません。これは先ほどの表から明らかなことです。再掲しておくので確認してください。
これらのアクションのうち、短期間で成果が見込めるのは「装飾」のカテゴリーだけです。スペックを手っ取り早く改善する方法はありませんし2、行動履歴を積み上げるのにも時間が必要です。
言うまでもなく、装飾だけが完璧でも、その人が強いブランドを有することはありません。
つまり、目前の説得に関して「もう少しブランドを高めたいな」と思っても、残念ながら手遅れです。潔く諦めて、ロジックとレトリックに集中すべきでしょう。
目前に迫った説得において、ブランドを高めることは現実的ではない
まずは装飾
ここまでの話をひっくり返すと、以下のことが言えます。
真っ先に着手すべきブランド形成は「装飾(ファッション・メイク・毛髪・爪)」です。もしまだやっていないなら、装飾に投資しましょう。
理由は表にあるとおり、装飾は手っ取り早く外見を改善できるからです。同じ外見でも、体つきや歯はそういうわけにはいきません。短く見積もっても、半年から1年はかかるものばかりです(ホワイトニングだけはもう少し短いですが)。時間以外に、費用や労力といった点でも、もっとも簡単に改善できるのが装飾です。
ということで、さっさと装飾で合格点を取ってしまうのがよいでしょう。
では「合格点」はどういう状態か? という話になるわけですが、別にハイブランドで全身を固める必要はなく(華美すぎるのは逆にリスク)、清潔感のある見た目にするだけです。具体的な判断基準や方法は検索してみてください。いくらでも見つかります。
ブランド形成の第一歩は装飾
長いスパンでブランドを育てる
装飾以外をどうするかはケースバイケースとしか言えませんが、長期的な視点でブランドを育成するのは良い投資だと私は思います。
その理由は先述のとおりで、これは「説得を成功させる」という目的で行うようなことではなく、より良い人間になるための努力だからです。その結果としてブランドもついてくるだけですから、やらない理由はないでしょう。
表にあるとおり、装飾以外はどれも簡単なことではなく、時間もかかります。すべてを同時に取り組むのは現実的ではないので、いまの自分に必要なものを考えてみてください。
また、ブランドを育成するうえでは、ネガティブな行動履歴は消せないということを肝に銘じておくべきです。分かりやすいのは前科ですね。たとえ償いをきちんとしたとしても、「過去にXXをしている人だ」というブランド毀損まで無くすことはできません。
しかも、現代は「デジタルタトゥー」という言葉もあるくらいで、ネガティブな行動がネット上に記録され、半永久的に残ります。時間が経っても、引っ越しをしても、過去のネガティブな行動から自由になれないのです。世知辛い世の中になりましたね。
完全に清く正しく生きることは難しいにしても、「うかつなことをネットに書かない、うかつな写真/動画をネットに上げない」というのは、長期的なブランド形成において、もっとも重要なことかもしれません。
ブランド論②:ブランドと正しさの関係
次に、ブランドは主張の正しさには無関係です。これは特に、あなたが受け手として説得される場合に覚えておくべきポイントです。
「正しさとは何か」ということ自体に議論の余地がありますが、いわゆる「科学的/論理的な正しさ」を基準にする場合、それを決めるのは根拠だけです。レトリックやブランドは、正しさと関係ありません。
説得とロジックの構造を掲載しておきます。
ただし、レトリックは正しさに間接的な関係があります。伝え方が悪いと、そもそも受け手が根拠を理解できないからです。受け手に理解されない根拠は、(受け手にとっての)正しさに貢献しようがありませんよね。このあたりの話は、以下のリンクも参考にしてください。
しかし、ブランドは完全に無関係です。
つまり、誰が言っているかは、主張の正しさに関係ありません。主張の正しさを評価したいなら、ブランドを無視してロジックに集中すべきなのです。
ハロー効果
しかし、人間はそのように考えることが得意ではありません。強いブランドを有する人の言うことを、無条件に正しいと感じてしまうのです。たとえば、大学教授が話すことは、たとえその教授の専門外のことであっても正しく聞こえたりしますよね。
これは「ハロー効果」という心理現象で、まったく普通のことです。あなたも私も、ブランドに引っ張られます。これはどうしようもありません。
ブランドは正しさには無関係だが、人間はそれに引っ張られる(ハロー効果)
まとめると、ブランドは「本当に(科学的/論理的に)正しいか」には無関係ですが、「受け手に『正しい』と感じさせる」ためには有効なのです。ややこしいかもしれませんが、この違いに注意してください。
この事実を、どのように考えればいいのでしょう?
あなたが受け手であるときは、話はシンプルです。「ハロー効果」という言葉を思い出してください。
受け手であるとき、あなたの目的は「説得されること」ではありませんよね。そんな目的では、あらゆるものを買わされ続けて、一文無しになってしまいます。
あなたの目的は、「自分にとって正しい意思決定をすること」のはずです。説得者のブランドは、この目的に貢献しません。ブランドに引っ張られすぎていないか、自分を引いた目線で観察してください。本当に重要な説得の場合は、提示された根拠を文字で書き起こしてみるべきです。
あなたが説得者であるときは、話は少し複雑になります。
前提として、「あなたは受け手を騙したいわけではない」としましょう。あなたは自分が「正しい」と信じることを、受け手にも認めてほしいのです。
となると、ブランドが正しさに無関係だからといって、使えるものを使わないのはもったいないですよね。
ここは答えがありませんが、持っているものは使えばいい、というのが私の意見です。つまり、あなたが強いブランドを有しているなら、それを使って説得の成功率を上げるべきです。
それを行うタイミングは、本番の説得の冒頭です。ただし、ほどほどにしておくべきでしょう。
どういうことでしょうか? 最後のポイントに移りましょう。
ブランド論③:本番における自己紹介
実は、ブランド形成は本番の説得の冒頭にも行えます。
厳密には、説得プロセスの中に、ブランドに関するものが以下の2つあるのです。
- ブランドを形成する各要素を高める:説得プロセスの最初に位置づけられ、長い期間が必要(具体的な説得プロセスの一部とは言えない)
- あなたが現在有するブランド(特にスペック)を、目の前の受け手にアピールする:本番の説得の冒頭
ここでしているのは太字にした方の話です。以下のスライドでイメージを掴んでください。
これは要するに、本番の冒頭で自己紹介をすることに他なりません。激しくやるなら「自己アピール」になりますね。
なお、これはセミナーや書籍のように、あなたのことを知らない受け手が多数派である説得に限った話です。受け手が知り合いである場合は(例:社内会議)、当然ながら自己紹介は不要です。そのような説得しかしない人は、このセクションは読み流してください。
話を戻しましょう。自己紹介する要素を以下のように分解してみます。
- スペック
- 外見
- その他(家族構成や趣味など)
順に考えてみましょう。
スペック
まずはスペックです。これは経歴や実績のことで、これを語ることで受け手に対して権威を確立できます。
自己紹介ではスペックを中心に話すことになります。説得の冒頭で権威を確立して、受け手に「この人の言うことは正しそうだな」と思わせたいからです。
外見
次に、外見を考えてみましょう。
プレゼンやWeb会議のように、あなたの外見が受け手に見える場合は、議論の余地はありません。自己紹介をするまでもなく、受け手にはあなたが見えています。
この場合、あなたの外見が優れているほど、本番の説得を真剣に聞いてもらえます。芸能人を見れば分かるとおり、外見が優れている人は人を惹きつけるからです。
この意味でも、装飾に投資するリターンは大きいです。プレゼン当日くらいは、ビシッと決めていきたいものですね。
では、書籍のように「必ずしも外見を見せる必要がない説得」ではどうでしょうか?
こちらは答えがありません。繰り返しになりますがブランドは正しさに無関係なので、あなたの外見も正しさに無関係です。どうしても顔や全身を見せる必要はないでしょう。
ただ、それは理屈としては正しくても、「理屈抜きに、顔を出している人の方が信用できる」というのが世の中の多数派ではないでしょうか。私見ですが、どうしても顔を出したくない場合を除いて、顔写真を掲載した方がよいでしょう。
その他
最後に、その他の情報、たとえば家族構成や趣味などを伝えることも考えられます。これは受け手に親近感を持ってもらうために行うことです。
ブランドを一言で表現するなら「好きか嫌いか」です。「すごいと思うかどうか」ではありません。
私たちは、すごい人を好きになるわけではありませんよね(そういう人もいるかもしれませんが)。スペック一辺倒では、権威は確立できても、受け手にとって「鼻につく奴」になってしまうリスクがあるのです。
ということで、あなたらしさ、人間らしさが伝わるような情報を加えてもいいかもしれません。
どこまでやるか
このような自己紹介は、説得を成功させるうえで有効であるどころか、最低限のマナーであるとすら言えます。
ただ、自己紹介でのブランド形成があまりに露骨だと、一部の受け手に不信感を抱かせるという点には注意が必要です。
理由は先述のとおり、ブランドは正しさに無関係だからです。そのことを知っている受け手(「ハロー効果」という言葉を知っているような受け手)からすると、本番中の執拗なブランド形成は「ロジックに対する自信のなさ」や「受け手の知的レベルが低いことを想定しているサイン」に見えてしまうのです。
たとえば、私の経験上、書籍における「ブランド形成の露骨さ」と「内容の質」には、明確に反比例の関係があります。具体的には、以下のような本はほぼハズレ(主張に説得力がなく、学びがない)です。
- 序盤の自己アピールセクションが長い
- 第1章が丸々自己アピールである場合は、確実にハズレ
- 受け手が検証しようのない数字(年収やPVなど)のアピールがすごい
- よく「数字は嘘をつかない」と言いますが、嘘つきは数字をでっちあげます
- 表紙が著者の写真
- 顔のアップだと確実にハズレ
この法則は私の経験則でしかありませんが、それなりに当てになると自負しています。次に本を買うときに、あなた自身で検証してみてください。
結局、「ブランドは正しさに無関係だが、ブランドを過度に利用する人は正しくない」ということではないかと思います。私がひねくれすぎなのかもしれませんが、最近の世の中はこの傾向が加速している印象を受けます。あなたが受け手であるときには注意してください。
あなたが説得者であるときも同様です。受け手の質を考えて、やりすぎには注意してください。
応用テクニック:受け手に話してもらう
最後に余談ですが、本番中、できるだけ受け手に話してもらった方がブランドが高まります。人間は話をしてくる人よりも、自分の話を真剣に聞いてくれる人のこと信頼しやすいからです。これは理屈抜きに、そういうものです。
プレゼンのように事前準備をして臨む説得では、どうしてもあなたが一方的に話すことになりがちです。それを受け手が期待していることも多いですし、下手に受け手に話させては、自分の予定通りに進まなくなる可能性もありますからね。
ということで、ここはケースバイケースですが、あなたがメインに話すのはやむを得ないとしても、最後の最後まであなたしか話さないような状況になるのは避けるべきです。プレゼンの切れ目ごとに「ここまでで質問はありませんか?」と受け手にボールを渡すなり、最後の質疑応答の時間を長めにとるなりしたほうが、説得はうまくいくはずです。
先生が一方的に話すだけの授業は退屈でしたよね。あれを思い出してください。同じことをあなたの受け手にしてはいけません。
今後の前提
以上、ブランドについて解説しました。
先述のとおり、当サイトではブランドに関する解説はここまでとします。以降は「あなたは最低限のブランドを有している(ブランド形成に問題はない)」という前提で話を進めます。
次エントリー以降では、「あなたは最低限のブランドを有している」という前提を置く
ただし、これは「ブランドは重要ではない」ということではありません。説得の成功がブランドにかかっているケースは多々あります。便宜上の理由で説明を割愛するだけですので、そこは誤解しないでください。
では、次エントリーからは説得の設計を学びましょう。以下のエントリーに進んでください。
また、プレゼン関係のエントリーは以下にまとめてあります。こちらも参考にしてください。