このエントリーでは、事業の構成要素を学びましょう。
結局のところ、マーケティングとは事業を考えることに他なりません。投資判断とは「ある事業に投資するか?(=その事業を実現するか?)」を考えることであり、シェア獲得のためには事業の運営方法を改善するしかないからです。
つまり、事業とはマーケティングの中核をなす概念です。ここで始まりここで終わると言っても過言ではないので、きちんと整理しておきましょう。少し長いですが頑張ってください。
では始めましょう。
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事業の全体像
早速ですが、事業(1つの具体的な価値創造プロセス)の全体像を以下のスライドにまとめました。
このように、事業の構成要素は以下の5つです1。
- ビジネスモデル
- 動力
- 蓄積リソース
- 会計
- 差別化要因
なお、これらすべてをまとめて「ビジネスモデル」と呼ぶケースも多いので注意してください。当サイトでは「ビジネスモデル」はもう少し狭い意味で使い、全体のことは「事業」と呼ぶことにします。
順に見ていきましょう。
事業の構成要素①:ビジネスモデル
事業の1つめの構成要素は、ビジネスモデルです。
ビジネスモデルとは要するに、「事業としてやること」を分かりやすく説明したものです。
ここは重たいので、詳細は次エントリーで説明します。とりあえず本エントリーでは具体例だけ見て、ざっくりしたイメージを掴んでください。
これはYouTube/YouTuberのビジネスモデルです。
このスライドには「YouTube(r)がどのようにビジネスをしているか」が分かりやすく表現されていますよね。このようなものがビジネスモデルです。
ビジネスモデルを記述するためには、以下の問いに答えます。
- ビジネスモデルのコア(顧客に問題解決を提供し、報酬を受取るプロセス)
- 顧客
- 顧客の抱える問題・ニーズは何か?
- どのようなセグメント(年齢、性別など)に、その問題を抱えている顧客が多いか?
- 商品と、その流通
- 商品は何か?
- なぜ、どのように、その商品は顧客の問題を解決するのか?
- 商品をどこで、どのように売るか?
- 価格と、その支払方法
- 商品をいくらで売るか?
- 顧客はどのように料金を支払うのか?
- 顧客
- 集客システム(顧客が生まれ続ける理由・仕組み)
- 顧客、およびそのニーズの規模・永続性
- 一定以上の規模の潜在顧客が、中長期にわたって期待できるか?
- プロモーション
- 新規顧客の獲得:どのように新規顧客を獲得するのか?
- 既存顧客の獲得:どのように既存顧客をリピート購入に結びつけるか?
- 顧客、およびそのニーズの規模・永続性
このあたりの問いに適切な答えを用意できれば、理論上は価値創造プロセスが回り続ける(=事業が利益を生み続ける)はずです。あとは、この理論を実現に結びつけるだけですね。
先述のとおり、ビジネスモデルに関しては次エントリーで詳しく説明します。一旦ここまでにして、先に進みましょう。
事業の構成要素②:動力
事業の2つめの構成要素は、動力です。動力とは、ビジネスモデルを回すために必要なすべてのモノのことです2。
動力:ビジネスモデルを回すために必要なすべてのモノ
ビジネスモデルは放っておいてもグルグル回るようなものではありません。企業が意識的にエネルギーを注ぐ必要があります3。
これはエンジンにたとえると分かりやすいでしょう。ビジネスモデルがお金を生み出すエンジンだとすると、動力とはガソリンのことです。動力が流し込まれてはじめて、ビジネスモデルは回るわけですね。
動力というエネルギーを注ぎ込むことで、ビジネスモデルは回る
動力は、以下の2つに大別できます。
- リソース(経営資源)
- (リソースが生み出す)オペレーション
順に見ていきましょう。
リソース(経営資源)
まず、リソースとは、お金や人材に代表される、企業が持つすべての有用なモノのことです。ビジネスの文脈では「経営資源」と呼ばれることも多いので、こちらも覚えてください。
リソース(経営資源):企業が持つ、すべての有用なモノ
企業は有しているリソースの一部を切り出して、それを動力としてビジネスモデルに投入します。
もっとも分かりやすいのはお金ですね。たとえば、広告を打つのにも、商品を作るための機材や材料を調達するにもお金が必要です。
リソースに関する主な論点には、以下のものがあります。
- 必要なリソース
- ビジネスモデルを回すために、何を動力として投入する必要があるか?
- 特に、お金はいくら必要か?
- リソースの調達
- 必要で、かつ有していないリソースを、どのように調達するか?
- リソースの維持・蓄積
- どうすれば必要なリソース(特にヒト)を維持できるか?
- ビジネスモデルをもっと効率よく回すためには、どのようなリソースを蓄積していくべきか?
オペレーション
次に、オペレーションとは、企業が投入するリソースのうち、ヒトや機械が行う行動・業務のことです。コンビニのレジ打ちや品出しを想像すると分かりやすいでしょう。
オペレーション:ヒトや機械が行う行動・業務
なお、「オペレーション」という言葉は「定型的な行動・業務(いわゆるルーチンワーク)」という意味に限定して使われることも多いですが、ここでは非定型な行動・業務も含めて「オペレーション」だとします。
リソースとオペレーション
ちなみに、オペレーションも「ヒトや機械というリソースを投入している」と言えなくもありません。しかし、事業を考える際には「オペレーション」として明確に切り分けたほうがいいでしょう。事業に深く紐づくのはリソースではなく、オペレーションだからです。
リソースというのは、特定の事業に紐付けにくい特性があります。お金や人材というのは、それ自体が事業に紐付いているものではありませんよね。あくまでも企業が「その事業に割り当てる」という意思決定をした結果として、そこに投入されるものです。
一方、オペレーションというのはビジネスモデルから規定されるものなので、それ自体が事業と密接に紐付いています。たとえば、ラーメン屋と学習塾のオペレーションは、まったく違います。ラーメン屋の店員はオーダーを受けてラーメンを調理する一方、学習塾の先生は生徒に勉強を教えますよね。
こうなる理由は、2つの事業ではビジネスモデル(商品や、その売り方)が違うからです。しかし、どちらの事業にも、お金や人材というリソースは必要です。
このように、1つの事業を具体的に考えるうえでは、リソースよりもオペレーションという概念のほうが実用的なのです(結局は両方を考えますが)。
オペレーションに関する主な問いは以下になります。
- 必要なオペレーション
- ビジネスモデルを回すために、どのようなオペレーションが必要か?
- オペレーションの質
- もっと高品質なオペレーションにするために、何をすべきか?
- どのようなオペレーションが「高品質」なのか?
- それを、誰が(何が)、どのように実現するか?
- もっと高品質なオペレーションにするために、何をすべきか?
- オペレーションの効率化・自動化(低コスト化)
- 同じオペレーションを、もっと低いコストで実現できないか?
- ヒトにやらせていることを、機械にやらせることはできないか?
- 同じオペレーションを、もっと低いコストで実現できないか?
事業の結果
ビジネスモデルと動力で、事業としてやることはすべてです(そういう整理にする)。
一定期間、事業が運営された後には、さまざまなモノが生まれます。具体的には、以下のようなものです。
- お金
- 利益
- マイナス(赤字)になることもある
- その他(お金としては処理できないもの)
- ブランド、データなど
これらはすべて、自社のリソースとして蓄積され(減ることもある)、次の期間の事業や、別の事業に使われます。
そして、これらのリソースのうち、お金は別格です。お金は以下の2点において、ほかのモノと同列に語ることはできません。
- 事業の成績表としての側面がある
- お金に関してだけは、記録・申告する法的な義務がある
ということで、お金を扱う領域を会計、それ以外のモノを蓄積リソースとしましょう。先述のとおり会計は事業の成績表なので、これを最後にまわして、まずは蓄積リソースから見ていきましょう。
事業の構成要素③:蓄積リソース
事業の3つめの構成要素は、蓄積リソースです。先述のとおり、事業の結果として残るモノのうち、お金を除いたすべてです。具体的には、以下のようなものです。
- 人材の満足・成長
- 経験
- 精神的満足
- マイナス(従業員が不満を溜め込む)になることもある
- ブランド
- データ
人材の満足・成長は説明不要でしょうから、ブランドとデータを見ておきましょう。
蓄積リソース①:ブランド
事業を運営するほどに、企業にはブランドが蓄積します。
ここでの「ブランド」とは、顧客や社会からの、事業(自社)に対する認知・好意・信頼などの総体のことです。なお、「ブランド」というと単に「信頼を獲得している企業・商品の名前」を意味することもありますが、ここでは違う意味で使っているので注意してください。
ブランド:顧客や社会からの、事業(自社)に対する認知・好意・信頼
あなたにも、「ここの商品なら安心して買える」と思っている企業が、1つか2つはあるでしょう。これの意味するところは、ブランドはプロモーション(セールスや宣伝)を不要にするということです。そういうのをすっ飛ばして、信頼感に基づいて購入するわけですからね。また、ブランドがあれば、高価格で売ることも可能になります。顧客がステータスを感じたり、安心代だと思ったりしてくれますからね。
つまり、ブランドが高まるほど事業運営は楽になるわけです。言い換えると、「どのようにブランドを構築するか?」という問いは、あらゆる事業にとって重要な論点だということです。
原則としては、誠実に事業を運営していれば(=アコギな商売をしなければ)、ブランドは高まっていくはずです。価値が創造されているわけですからね。そして、それ以上のことをしていない企業も多い印象です。
ただ、ネット社会においては、事業の評判というのはすさまじい勢いで伝播していくものであり、人は流されやすい生き物です。ややこしい話ですが、「どうであるか」と「どう思われているか」は別の話で、現代では後者の重要性が高まっているというのが私の印象です。
結論として、現代のビジネスにおいては、「真面目にコツコツやる」以上のブランド戦略が必要になっているのは否めないでしょう。
事業全体として、ブランドをどう高めていくかを考えたほうがよい(のではないか?)
蓄積リソース②:データ
次に、データも主要な蓄積リソースです。
事業を運営していると、さまざまなことが起こります。これをデータとして記録すれば、未来の事業運営に役立てられますよね。具体的には、以下のようなことです。
- いつ、何が、いくらで、いくつ売れたのか
- これは会計に必要になるため、普通はどんな企業でも記録する
- どのような人が買ったのか
- 買った人は、商品に対してどれくらい満足しているのか/どのような感想を持ったのか
会計に必要なこと以外は、どんなデータを取得するかは企業の自由です。しかし、それをうまく活用できるかが、事業の中長期的な成否に関わることは言うまでもないでしょう。
最近は、テクノロジーの進歩によって取得できるデータの幅は広がり、その処理も単純な記述統計(合計や平均)には留まりません。データの重要度は上がっていると言えるでしょう。
以上、代表的な蓄積リソースを紹介しました。
事業の構成要素④:会計
事業の4つめの構成要素は、会計です。定められたルールに従い、さまざまな財務指標を算出する活動ですね。
会計は事業の構成要素というより、ここだけで独立した1つのカテゴリーです。ここでは簡単な説明に留めます。
事業の成績として特に重要な財務指標は、以下の2つです。
- 利益(売上 − コスト)
- キャッシュフロー
まず、もっとも重要な会計指標が利益であることは言うまでもありません。
あらゆる事業が「利益を生むためだけに行われている」と言い切ることはできませんが、利益を生まない事業は中長期的には破棄されます。そんなものを抱えていては、企業は倒産してしまうからです。
当然、利益を構成する売上やコスト(費用)も重要な指標です。
また、キャッシュフローも利益と同じく重要な財務指標です。倒産は会計上の利益ではなくキャッシュで決まるため、事業の生み出す/払い出すキャッシュがどうなっているかは、常に注意を払わなければなりません。
このあたりの話は以下のリンクも参考にしてください。
事業の構成要素⑤:差別化要因
ここまでで、事業の内容も、その結果として生じるものもカバーできました。最後の構成要素は、差別化要因です。
当サイトでは、「差別化要因」を「顧客が自社を選ぶ理由」と定義します。そのような理由になるなら、どんなことでも構いません。
差別化要因:顧客が自社を選ぶ理由
差別化要因の具体例
身近な例で、レストランで考えてみましょう。あなたはレストランで外食したいとします。
まず、あなたが離島におり、島にレストランが1つしかなければ、そこにいくしかありませんよね。レストランからすると、自分たちが必ず選ばれます。競合がいないわけですからね。これはいわゆる「独占」であり、もっとも理想的な差別化要因です4。
次は都会で考えてみましょう。都会で外食をしたいとき、店の選択肢が1つしかないということはまずありません。あなたは、以下のような要因を考慮して店を選ぶはずです。
- 料理の種類が好みである(食べたいものが食べられる)
- 料理が美味しい
- 安い
- 近い/みんなが集まりやすい
- 料理が出てくるまでのスピードが早い
- 店員と仲が良い
- グルメサイトの点数が高い5
どれを重視するかは、人や状況によって変わります。それでも、これらの要素を1つも満たせないレストランが選ばれることはありませんよね。誰だって、そんなレストランに行くくらいならほかのレストランに行きます。
このように、競合が存在する状況では、自社が顧客に選ばれるためには、何かが競合よりも優れている必要があります。あらゆる点で競合より劣っている選択肢は、絶対に選ばれません。
差別化要因とは、この「競合より優れており、顧客の意思決定のポイントになったこと」です。漢字5文字なので小難しく感じるかもしれませんが、私たちが買い手であるときに自然に意識していることです。難しく考えないでください。
事業と差別化要因
定義により、すべての事業には差別化要因が必要です。差別化要因がない事業は顧客に選ばれないため、利益を生み出せません。事業と差別化要因はセットなのです。
ただ、すべての事業が差別化要因を意識して運営されているかと言えば、そんなことはないでしょう。自然に(無意識的に)差別化要因が生まれているケースも多いのです。
たとえば、あらゆる店舗型の事業というのは、それだけで差別化要因を有しています。その店舗の近くの住人からすると、「近いから」というだけでその店を選ぶ理由になりますよね。スーパー、本屋、レストラン、病院などは、そこにあるだけで、ある種の差別化ができているのです。
ただ、考えなければいけないのは、その差別化要因がどれくらい強固で、長続きするものなのかということです。
たとえば、上に挙げた例のうち、本屋ではもはや「近くにある」ということが強固な差別化要因にはなりません。知ってのとおり、スマホでポチれば本を買えるようになってしまったからです。
日本では、本はどこで買っても価格も中身も同じです(ポイントや特典など、細かい差異はありますが)。さらには、電子書籍という、本屋では売れないタイプの本まで出現してしまいました。差別化要因を失った結果として、本屋は減り続けています。
ということで、差別化要因に関しては「強固で、長続きする」とはどういうことなのかをもっと具体的に考える必要があるのですが、それは別エントリーで考えることにしましょう。
以上、事業の構成要素を説明しました。
ではここから、各要素を掘り下げていきましょう。まずはこのエントリーでは先送りにしたビジネスモデルからです。以下のエントリーに進んでください。
また、マーケティング関連のエントリーは以下のページにまとめてあります。こちらも参考にしてください。
参考文献
新しい経営学Footnotes
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厳密には、蓄積リソース、会計、差別化要因は事業を構成しているわけではないので、「この5つを考えれば、事業の重要なポイントをひととおり押さえられる」ということです。 ↩
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なお、動力とは要するに、お金以外のモノも引っくるめたコストのことです。ただ、事業を考えるうえでは「コスト」という言葉は後述する会計の方で使いたいため、「動力」という表記にしています。 ↩
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例外的に、大ヒットしたコンテンツ商材などは、追加のコストなしで利益を生み続けることがあります。口コミや確立された評価が新しい顧客を呼び、その顧客に商品を提供するのにかかるコストもほぼゼロだからです。 ↩
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ただし、離島に1つしかないレストランは差別化には成功していますが、十分な市場があるかは怪しい(=外食をしたいという人が多くないかもしれない)ので、事業として望ましいかは検討の余地があります。 ↩
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この要素は本来、差別化に成功した結果として上がるべきものなので「差別化要因」と呼ぶのはおかしいのかもしれません。ただ、世の中の実態としては極めて重要な差別化要因になっています。 ↩