
このエントリーでは、マーケティングにおける「市場」とはどういう意味かを学びましょう。
「市場」はマーケティングの最頻出ワードと言っても過言ではありません。なにせ、「マーケティング(marketing)」ですからね。経済新聞に「市場」という言葉が出ない日は1日もないでしょう。それくらい、「市場」はビジネス・マーケティングと密接に結びついている概念です。ここできちんと整理しましょう。
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「市場」とは
早速ですが、マーケティングにおける「市場」の定義を、以下のスライドにまとめました。
このように、当サイトでは「市場」を「ある問題を解決しようとする買い手と、それを解決する売り手が形成する領域」と定義します。なお、ここでの「領域」とは概念的な線引きを意味し、物理的な空間を意味するわけではありません。
市場:ある問題を解決しようとする買い手と、それを解決する売り手が形成する領域
このスライドはかなり情報量が多いですが、これから説明するので安心してください。また、「当サイトでは」と書いたように、この定義は一般的な「市場」の定義とは異なります。
そのあたりも含めて、順に説明します。
一般的な「市場」:商品ベース
まず、一般的な意味での「市場」を確認しましょう。一般に「市場」とは「ある商品の売り手と買い手が形成する領域」を意味します。以下のスライドで確認してください。
先ほどのスライドよりシンプルで分かりやすいですよね。このように、一般的な「市場」とは、同じジャンルの商品の売り手と買い手が作る領域のことを意味します。
具体例を見てください。
- 自動車市場:自動車の売り手と買い手(が形成する領域。以降は割愛)
- 売り手の例: トヨタ、ホンダ、メルセデスベンツ
- スマホ市場(端末):スマホの売り手と買い手
- 売り手の例:Apple、SONY、SAMSUNG
- 携帯市場(通信):「携帯電話を電波に繋げる通信サービス」の売り手と買い手
- 売り手の例:docomo、au、ソフトバンク
スマホ市場と携帯市場は、わざと混同しやすいものを選びました。何を「同じジャンルの商品」として扱っているかを意識してください。
(一般的に普及している)市場:ある商品の売り手と買い手が形成する場・領域
商品ベースの「市場」の構成要素
このような商品ベースの「市場」では、市場の構成要素は以下の3つです。
- 商品:市場でやりとりされる製品・サービス(これが市場を規定する)
- 売り手:商品を売る人・団体
- 買い手:商品を買う人・団体
自動車市場で具体的に考えると、以下のとおりです。
- 商品:自動車
- 売り手:自動車メーカー
- トヨタ、ホンダ、メルセデスベンツなど
- 買い手:自動車を買う人・団体
- 運転免許を持つ個人か、自動車を必要とする団体(実際に分析する際は、もっと細かく分解する)
なお、厳密には買い手が払う「報酬」も市場を構成していますが、これは市場の構成要素というよりは、「市場規模」という形で別要素として計測されます。自動車市場の場合だと、自動車メーカーの売上や出荷台数を合計したものを市場規模として扱います。
製品とサービス
念のため、細かい言葉の意味を確認しましょう。
まず、「商品」とは、買い手が売り手に有料で提供するあらゆるモノのことです。そして、「製品」とは有形の商品、「サービス」とは無形の商品のことです。つまり、「商品 = 製品 + サービス」です。
たとえば、自動車は形があるので製品です。一方、レンタカーで私たちは「一定期間、自動車を使う権利」を買いますが、これには形がありません。よって、レンタカーはサービスです。そして、自動車とレンタカー、どちらも商品です。
商品:買い手が売り手に有料で提供するあらゆるモノ
製品:有形の商品
サービス:無形の商品
ちなみに、買い手が売り手に無料で提供するものは、一般に「商品」ではなく「販促物」と呼ばれます。
ただし、ソーシャルゲームのように無料部分と有料部分が一体化しており(=商品の一部が販促機能も担う)、総体としては「商品」と呼ばないと不自然なモノも増えています。このあたりはケースバイケースで判断してください。
自社と競合
一般に、あなたが分析の対象とする市場は、自分が売り手として参加している・参加を検討している市場が多いでしょう。この場合、売り手は自社と競合に分けられます。
- 売り手
- 自社:あなたが所属する企業(個人事業なら、あなた自身)
- 競合:自社以外の売り手
つまり、一般的な「市場」の定義における「競合」とは、「同じジャンルの商品を扱う、自社以外の売り手」という意味です。
商品ベースの市場における「競合」:同じジャンルの商品を扱う、自社以外の売り手
ここまでで、先ほどのスライドの内容を網羅できました。確認してください。
問題ベースの「市場」
では、最初のスライドに戻りましょう。一般的な「市場」との違いを意識してください。
先ほどとの違いは、買い手から「問題」が出ていることです。そして、その問題を売り手が「問題解決」しています。
このような見方をすることで、何が変わるのでしょう?
「問題」と「問題解決」
まず、ここでの「問題」とは、「現状とゴールのギャップ」を意味します。そして、ギャップを閉じるのが「問題解決」ですね。以下のスライドを見てください。
このような「問題」の用法は、一般的な意味とは異なる、特殊なものです。詳しくは以下のリンクで解説しているので、もし「問題・問題解決」という言葉に馴染みがない場合は、以下のエントリーを読んでから先に進んでください。
また、ここでの「問題」は、「ニーズ」、「価値」と読み換えても構いません。このあたりの話は以下のリンクを参考にしてください。
当エントリーでは、ややこしさを避けるため「問題」をメインに使用します。文脈上、不自然になる部分ではカッコで補足するので、特に心配しないでください。
問題ベースの「市場」の構成要素
先ほどと同じく、このように定義した「市場」の構成要素を考えましょう。「問題」が追加されたので、まずはそれを加えます。
- 問題:買い手の抱えている問題(これが市場を規定する)
- 商品:市場でやりとりされる製品・サービス
- 売り手:商品を売っている人・団体
- 買い手:問題を抱えている人・団体
具体的に考えてみましょう。たとえば、「好きなときに利用できて、プライベートな空間が担保される移動手段がほしい」という問題を抱えている人は、それなりにいますよね。この問題から市場を捉えると、以下のようになります。
- 問題:好きなときに利用できて、プライベートな空間が担保される移動手段がほしい
- 商品:自動車、自動車を一定期間利用できる権利
- 売り手:自動車メーカー、レンタカー業者、カーシェアリング業者
- 買い手:上記の問題を抱える人・団体
太字にした部分が、商品ベースの自動車市場との違いです。問題ベースで市場を捉えると、商品や売り手が変化することを確認してください。
ちなみに、問題ベースで市場を定義すると、その市場のネーミングが難しくなります。特定の問題というのは、商品ジャンルのようにスパッとした名詞では表現しにくいですからね。
上記の市場にあえて名前をつけるなら、「モビリティ市場」でしょうか。「自動車」という商品ではなく、「好きなときに利用できて、プライベートな空間が担保される移動手段がほしい」という問題の解決をやりとりするから、「モビリティ」です。とりあえず、当エントリーではこのネーミングでいきましょう。
市場(問題ベース):ある問題を解決しようとする買い手と、それを解決する売り手が形成する領域
直接競合と間接競合
「市場」の定義を商品ベースから問題ベースに変えると、「競合」の定義が広くなります。
商品ベースの市場では、競合とは同じジャンルの商品を扱う売り手のことでした。しかし、問題ベースの市場では、競合とは同じ問題を解決する商品を扱う売り手のことです。
問題ベースの市場における「競合」:同じ問題を解決する商品を扱う、自社以外の売り手
このように競合を定義すると、競合は同じジャンルの商品を扱っている売り手だとは限りません。違うジャンルの商品でも、同じ問題を解決することがあるからです。
この場合、同じジャンルの商品を扱う売り手を「直接競合」、ジャンルは異なるが同じ問題を解決する商品を扱う売り手を「間接競合」と呼びます。
直接競合:同じジャンルの商品を扱う競合
間接競合:違うジャンルの商品で、自社と同じ問題を解決する競合
先ほどのモビリティ市場で考えてみましょう。
たとえば、(自動車メーカーとしての)トヨタから見ると、ホンダやメルセデスベンツは直接競合で、レンタカー業者やカーシェアリング業者は間接競合です。
これを踏まえて、トヨタの豊田章男社長のメッセージを見てください。2018年10月に出されたものです。
私は、トヨタを「自動車をつくる会社」から、「モビリティカンパニー」にモデルチェンジすることを決断しました。すなわち、世界中の人々の「移動」に関わるあらゆるサービスを提供する会社になるということです。
これは、「トヨタはこれからは『自動車市場』という考え方はせず、『モビリティ市場』という考え方で戦っていく」という宣言だと読み換えられますよね。トヨタも、問題ベースで市場を捉えているということです。
ここまでで、冒頭のスライドをひととおり説明しました。再掲するので内容を確認してください。
練習問題
練習問題でここまでの内容を確認しましょう。
先ほどの例で、問題を「中長距離(200km〜1,000km)の移動手段がほしい」とした場合、自動車メーカーの間接競合として考えられる商品を述べよ。
以下に解答欄があるので、答えを書いてみてください。
以下のものが考えられます。
- 鉄道(特に新幹線)
- 飛行機
- 長距離バス
- 船舶
ただし、「移動できる」ことは同じでも、価格、所要時間、快適性などは大きく異なるので、それらの点で買い手から比較されることになります。
なぜ問題ベースで「市場」を考えるべきなのか
なぜ、問題ベースで「市場」を定義すべきなのでしょう?
理由をシンプルに述べると、問題ベースで市場を定義しないと、「市場」という概念が売り手の役に立たなくなりつつあるからです。
順に説明します。
なぜ市場を定義するのか
根本的なところから考えましょう。そもそも、なぜ、「市場」を定義するのでしょう?
答えを先に述べると、市場を定義して、考える対象を狭めないことには、何も具体的に考えられないからです。市場を定義しないとどういうことになるか、例を見てみましょう。


このように、フワッと「世の中で、ビジネスをする」というレベルに留まっていても、何も前進しません。そこで、「ここからここまでが、私たちがビジネスをする場所だ」という線を引いて、世の中から「市場」という小さい範囲を切り出す必要があるのです。そうしないと、自分たちが問題解決を提供する相手(買い手)も、戦う相手(競合)も見えてきません。
これはスポーツと似ています。あらゆるスポーツは、そのフィールド(プレイする範囲)が決めれられていますよね。それも当然で、範囲が決まっていなければ「誰がプレイヤーか・どこにプレイヤーがいるか」を判断できず、スポーツとして成立しません。最低でも、観客とプレイヤーを分ける必要があり、それには仕切り線が必要です。
同じように、ビジネスでも仕切り線を引いて、自分たちのビジネスから関係ない人を思考・行動の対象から外す必要があるわけです。
その仕切り線が「市場」です。市場という線を引くことで、その中にいるプレイヤーの解像度が上がり、具体的な思考・行動が可能になるのです。
市場を定義することで、はじめてビジネスを具体的に考えることが可能になる
「市場」は誰のためのものか
では、そのような「市場を定義するメリット」を享受するのは誰なのでしょう? 言い換えると、「市場」という概念は、誰のためのものなのでしょう?
まず、ある市場に関与している人というのは、その市場の売り手と買い手しかいません1。
このうち、買い手が「市場」という概念を役立てることはほとんどありません。
買い手というのは、とても身軽な存在です。あらゆる市場に簡単に所属できるし、どの売り手から買おうと自由です。なんなら、買わないという選択肢もあります。買い手にとって、関わっている市場のことなど、どうでもいいことがほとんどです。
実際、私たちは買い手としてさまざまな市場に参加しているわけですが、いちいちそれぞれの市場を気にしませんよね。たとえば、コンビニで何かを手に取るたびに、その市場のことを考えますか? ありえません。
となると、残るは売り手だけです。つまり、「市場」とは売り手のための概念です。
そもそも、ビジネスをするとは「売り手として市場に参加する」ということです。ビジネス・マーケティングのあらゆる概念は、売り手のためのものだと考えて問題ありません。
「市場」という概念は、売り手のためのものである
あるべき「市場」の定義
ということは、「市場」という概念は売り手の役に立つように定義されるべきです。
冒頭で述べたように、市場というのは概念的な線引きです。本当にそういうものが存在しているわけではありません。そういう線引きをすると便利だから、そうしているだけなのです。
つまり、売り手の役に立つような「市場」の定義が正しいということです。一般的に普及している定義が正しいとは限りません。
定義を変えても問題ない
さらに言うと、「市場」という線引きは、一定である必要もありません。自社にとって都合のいい線の引き方が見つかれば、いつでも変えていいのです。
先ほどスポーツのたとえ話をしましたが、ここがスポーツとビジネスで決定的に違う点です。スポーツと違って、ビジネスではフィールドが一定ではありません。
スポーツのフィールドは、滅多なことでは変わりません。たとえば、テニスコートのサイズはシングルスなら縦23.77m、横8.23mと決まっています。これはおそらく、100年後も変わっていないでしょう。変えるとすると、世界中のテニスコートで工事が必要ですからね。
一方、ビジネスで自分たちの市場をどう定義するかは、各社の自由です。テニスコートにたとえるなら、コートを作る場所も、コートの大きさも、各企業が自由に決めていいのです。
つまり、具体的に考えるために「市場」という仕切り線を引くとしても、その線は曖昧で、いつでも引き直し可能だということです。
「市場」とは売り手のための概念なので、売り手にとってもっとも都合がいいように定義して構わない
同じ理由で、商品ベースと問題ベースの定義は、状況によって使い分ければいいのです。その時々で、あなたにとって便利なほうを使ってください。正解があるわけではありません。
商品ベース vs 問題ベース
当然、当サイトも商品ベースの市場が便利なときはそちらを使います。ただし、「基本としては、問題ベースで市場を捉えるべきだ」という立ち位置です。
なぜでしょう?
答えは先述のとおり、そのほうが売り手の役に立つからです。
その理由を考えるために、まずは2つの定義の違いを整理しましょう。以下の表を見てください。
商品ベース | 問題ベース | |
---|---|---|
市場を規定するもの | 商品ジャンル | 買い手の抱える問題 |
理解しやすさ | ◯:しやすい | ×:しにくい |
データの集めやすさ | ◯:集めやすい | ×:集めにくい・存在しない |
このように、パッと見では、問題ベースの市場には優位性がまったくありません。理解しやすいのも、データが集めやすいのも商品ベースの市場です。
明らかに、問題というのは商品ほど分かりやすくはありません。また、問題ベースの市場では競合の定義が拡張されるため、そのような市場のデータというのは普通は存在しません。どうしても欲しいなら、自分で作るしかないことがほとんどです。
買い手の行動を決めるもの
People don’t want to buy a quarter-inch drill, they want a quarter-inch hole.
(顧客はドリルが欲しいのではない。穴を開けたいのだ。)
それでも、問題ベースの市場には、自分の戦う土俵を正しく見定められるという優位性があります。
そうなる理由は、買い手は商品レベルではなく、問題レベルで購買行動を決めるからです。上記の引用にあるとおり、買い手がほしいのはドリルという商品ではなく、「穴を開けたい」という問題(ニーズ)が解決することなのです。
先ほどのモビリティ市場で、具体的に考えてみましょう。
この市場における問題は、「好きなときに利用できて、プライベートな空間が担保される移動手段がほしい」でした。あなたがこの問題を抱えていると想像してください。
このとき、あなたは以下の選択肢を横並びで比較するはずです。
- 自動車を購入する
- カーシェアリングを利用する
- レンタカーを利用する
ここから、価格や自動車の利用頻度などを考慮して、自分にとって最適な商品を選ぶでしょう。少なくとも、いきなり「自動車を買う以外の選択肢はない」ということにはなりませんよね。
上記の商品はどれも、「好きなときに利用できて、プライベートな空間が担保される移動手段がほしい」という問題を解決できます。買い手としては問題さえ解決すればいいので、それができる商品は横並びで比較されることになります。
実際、都会でマイカーをやめてカーシェアリングを利用する人が増えているのは、どちらの商品でも問題が解決できる一方で、カーシェアリングのほうが安いからです。もちろん、カーシェアリングはマイカーほど自由に使えないし、荷物を置きっぱなしにもできません。しかし、都会では自動車の利用頻度は田舎ほど高くないので、それで問題ない人も多いわけです。
買い手は「問題が解決するか」という枠の中で動いており、「商品」という枠に囚われてはいない
これを売り手の視点から見ると、問題ベースで市場を捉え、競合を定義しないと、誰と戦っているのかを間違えてしまうということです。先ほどの言葉を使うなら、間接競合が見えなくなるわけですね。直接競合も間接競合も同じ競合なので、見落としていいはずがありません。
土俵でたとえるなら、商品ベースで市場を捉えていると、自分が場外だと思っていたところが本当は土俵で、背後からブスリとやられてしまうわけです。これでは勝負に勝てませんよね。
そして、売り手にとって、「勝負に勝つこと」は「分かりやすいこと」や「データが揃えやすいこと」より重要です。ここに議論の余地はありません。そういうわけで、「(基本としては)問題ベースで市場を定義するべきだ」という結論になるのです。
以上、「市場」とは何かを説明しました。これで基礎的な単語は準備できたので、次はマーケティングの全体像を考えましょう。以下のエントリーに進んでください。
また、マーケティング関連のエントリーは以下のページにまとめてあります。こちらも参考にしてください。
Footnotes
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厳密には、就活生や学者のような観察者(その市場の売り手でも買い手でもないが、その市場に興味がある人)も考えられます。 ↩